流れる星の降る夜は


 ある日の事です。旅の仲間たちは山の中で休んでいました。
 夜の闇が舞い降りて、辺り一面は冷たく澄んだ夜の空気に満ちていました。その静寂の中、ぱちぱちと火のはぜる音と、時々どこか遥か遠くの方から、けものの鳴く声がかすかに聞こえてきます。

 深夜もすこしまわったころでしょうか。それまで眠っていたボロミアはつんつん、と肩をたたかれ、もそもそと起き上がります。見上げるとレゴラスの姿がありました。
「そろそろ交代の時間だよ。」
「ああ、わかった。今行く。」
 マントを羽織り、帯刀して、眠い目を擦りながらボロミアは見張りの位置まで歩いていきます。
「それじゃ、よろしく。」
 そう言うとレゴラスは皆の眠っている場所とは別の方向に歩いていきます。
「れ、レゴラス、どこへ行くんだ?そっちは森の奥だ。こんな夜中に危ないぞ。」
「いいんだよ。今夜は何も出ない。わかるんだ。」
 涼しい顔で森の奥へと歩いていきます。ところがふと足を止めて、くるっとこちらを振り向きました。
「ちょうどいいや。ボロミア、一緒に行こうよ。」
「一緒って、こんな夜にどこへ?」
「いいから。今夜は空気が澄んでるからね、いいものが見られるよ。」
 そう言ってにっこり笑うと、ボロミアは何だか毒気を抜かれたような気分になり、
「それでは、・・ちょっとだけ。」
 と言いました。
「では行こう。」
 レゴラスはボロミアの腕を取ると、意気揚々と歩いていきます。「変わったお人だ。・・・ん?人ではなかったな。でもエルフでも変ってるに違いないだろう。」と思いながらボロミアは導かれるままについていきました。

 やがて2人は一本の大きな木の下にやってきました。
「これは見事な・・・」
「ねえ、ボロミア、木登りはできる?」
「はい!?」
 そう言うが早いか、レゴラスはひょいっと飛び上がり、まるでそこに見えない階段があるかのように軽やかに木に登っていきます。そうして木の枝にひょいと腰掛けると、ボロミアの方を見下ろして言いました。
「このてっぺんまで行くんだけど、大丈夫?それとも抱っこして登ろうか?」
 最後のセリフはくすり、と笑いながら言いました。
「いいえ、結構。小さい頃はよく登っていたから。まあ、あなたほど上手くはないけれど。」
 そう言うとゆっくりと、木のこぶに手を掛け足を掛け、ボロミアはその大樹に登っていきました。ボロミアがレゴラスの近くまで登ってくるとレゴラスはまた少し上へ行きます。途中で「がんばって。」、「そっちに手を掛けて。」と、声をかけながら。それを繰り返ししている内に、2人は木のてっぺんまでやってきていました。
「これは・・・爽快な眺めだな。」
 その木からの眺めは素晴らしかったのです。夜の闇と同化するように、森の木々がぼんやりと月明かりに照らされ、広がっているすがたはとても幻想的でした。
 その木は他の木々よりも頭一つひょっこり突き出ています。てっぺんの方には窪があり、そこにボロミアは腰掛けました。レゴラスは枝に寄りかかります。
「ほら、空を見て。」
「空?」
 ボロミアが上を見上げます。
「!・・星が・・・?」
「流れ星だよ。」
 遥か空には一面に星々がきらきらとまたたいており、まるで太陽に照らされた水面のようでした。その光が数秒おきにひゅーい、と金色の尾をひいて流れていくのです。次から次へと、ひゅーい、ひゅーう。

「ふふ。ボロミア、口があいてるよ。」
「あ、これは失礼。しかし、見事な光景だな。美しい・・が、どこか儚い。」
「意外に詩人なんだね。今の時期はよくあるんだよ。特に今日のような晴れた夜空と澄んだ空気の晩には。これをぜひとも見せたくてね。」
 だから見張りの順番もあなたの前にしたんだ。と、心の中でつけくわえました。
「昔、まだ十にも満たない頃、母から星の名を教えてもらった・・・。」
 空を見ながら、ふとボロミアが口を開きます。この人が自分の過去を話すのは珍しい、と思い、レゴラスは少し驚きました。
「どんな星?」
 そう尋ねると、ボロミアは少し眉をひそめながら笑います。
「それが、よく覚えてないのだ。ただ、その星にまつわる話なら、覚えている。・・・あるところに女がいた。彼女には小さな子供がいたが、その子は体が弱かった。ある年、その国が干ばつに襲われてしまった。井戸も枯れ、蓄えの水も底をついた。その子供は体を壊し、床に臥してしまった。母親は何とかその子に水を与えたかったが、そんな余裕は無い。それで、ナイフで自分の体を傷つけた。痛くてその母親は涙をこぼした。その涙を子供に飲ませようとしたんだ。涙が枯れないよう、その母親は別の所を傷つけた。やがて母親は気を失った。痛みと、出血と、疲労のせいで。意識が遠のく中で、彼女は外から歓声が上がるのを聞いた。雨が降ったのを喜ぶ声だったのだ。それを知って母親はまたひとつ、涙をこぼした。喜びの涙だ。その雫は天に昇り、星になったという、そんな話だ。」
「・・・その母子は、どうなったの?」
「一命をとりとめ、その後は幸せに暮らしたらしい。」
 そう言って笑みを浮かべると、ボロミアは再び空を見上げ、目を細めて星が流れていくのをみていました。
「・・忘れていたよ。この星を見るまで。ああ、いつから忘れていたんだろう。せっかく母上が教えてくれたのに。」
 そう言って、ボロミアは目を閉じました。

「エムル。」
「!」
 レゴラスが静かに言いました。
「エムルだよ。その星の名は。」
「知っているのか?」
 レゴラスはこくりとうなずきました。彼はかがみこむとボロミアの肩に手を置き、空の方を指差しました。
「あれだよ。薄いみずいろをして、時折黄金に煌くんだ。」
「あっ、あれ、か・・?あ、今かすかに金色に・・。」
 レゴラスの指差す先にはみずいろに光る星がありました。それは静かに、優しい光をまとっており、その周りで時折黄金色に輝く光の尾が走ります。
「エムル、と言うのか。母上が教えてくれた星・・・」
 その星をじっと見つめていると、心がほわっとしてくる様に思われました。やさしく、どこか懐かしい、そんな感じでした。
 しばらくボロミアはその星を見つめていました。レゴラスも一緒にその星を見ていました。時折隣のボロミアの顔をのぞきながら。

 やがて、ボロミアは目を閉じると深呼吸して、目をこすります。そしてレゴラスの方を振り返りました。
「レゴラス、今夜はよいものを見せてもらった。ありがとう。」
「どういたしまして。こちらこそ興味深い話を聞いた。」
「そう、それだ。君は星にも詳しいのだな。そのエムル、という名前には何か意味が?」
「あの話の通りだよ。」
「と言うと?」
「昔の人間たちの言葉で、〈母の愛〉。」
「母の、愛。」
「あなたのお母上は、あなたを愛していたんだね。それでこの星の話を教えたんだよ。」
 そう言ってにっこりと微笑みました。
「それを忘れるとは・・・」
 ボロミアは再び落ち込みます。レゴラスはボロミアの隣に腰掛け、ぽんぽんと背中を叩きました。
「でもあなたはちゃんとあの話を覚えていたじゃないか。星の名前より、その由来話の方を伝えたかったんだと思うよ。」
「そうだろうか・・・。」
「そうだよ。」
「・・・ありがとう。」
「・・・こちらこそ。」
「?」
 レゴラスは、空で水色に輝く星の名前は知っていたのですが、その名の由来は今夜、ボロミアに聞くまで知らなかったのです。その事を言おうと思ったその時、ボロミアの頭が肩に落ちてきました。
「え?」
 驚いて横を見ると、ボロミアがすーすーと穏やかな寝息をたてて眠っています。
「・・・あの星の光には人を安心させる効果があるのかな?」
 どちらにしろありがたい。今夜はこの人をひとり占めできる。
 レゴラスはもう一度エムルの方を見て、ありがとうと心の中で言いました。そして肩にのっている蜂蜜色の髪をそっと撫でます。ボロミアの、まるで少年のような(年齢だけでいえば彼にとってボロミアは赤ん坊みたいなものですが)あどけない寝顔をうれしそうに眺めます。旅の間に色んな表情を目にしていましたが、寝顔をこんなに間近で、しかも2人きりでこんなに綺麗な星空の下で見られるなんて思ってもいませんでした。
 レゴラスは頭を少し傾けてボロミアの頭にくっつけます。そして気持ち良さそうに目を閉じると、囁くように歌を歌い始めました。それはエルフの言葉の子守唄でした。
 星降る夜の空に、幸せなエルフの歌声が森に流れていきました。


 翌日、レゴラスとボロミアがいないのに気がついて仲間たちは仰天です。特に馳夫さんは顔色を変え、かなり焦っているようでした。
 一方、ボロミアが目を覚ましたとき、いきなり木のてっぺんにいたのに驚いて、思わず傍にいたレゴラスに抱きつきます。それに気をよくしたレゴラスは、ついでにお姫様だっこもやらせてもらおう、と1人決めして、『じゃ、皆が心配するから早く戻ろう。』と言うが早いか、ひょいとボロミアを抱きかかえ、座っていた場所からぴょん と飛び降りました。枝から枝へ滑り落ちるように落下していきます。ボロミアは声にならない悲鳴をあげ、反射的に抱きついていた腕をぎゅっと強く締めます。にこっとレゴラスが笑っていたのには気が付きませんでした。
 だんっ!とレゴラスが地上に降り立つと、ボロミアは恐る恐る目を開けます。そこにはボー然と口を開けている馳夫さんの姿がありました。手がわなわなと震えているのは見えませんでしたが。

「や!お早う、アラゴルン。わざわざ探しに来てくれたのかい?ありがとう、ご苦労様。」
 美麗のエルフは微笑みながら言いました。


                                         おしまい☆


 
あとがきーー

 ハイ、レゴボロでっす。だめだ、最後はどうしてもギャグってしまう。しかもゴルンがダシに使われてるし・・・。
 ボロミアと旅の仲間を書こうと思うと、どうしても野宿中になってしまいます。しかも夜。誰の目も無い時間ですからね〜。
 今回は星ネタ。エムル=母の愛。これは、mother’ s loveの頭文字、MとLを取って、エムル、としました。星座にまつわる話って、割と悲しい話が多かったと記憶してるので、ちょっといい話にしてみました。いかがでしょう?
 裏設定としては、2人が登った木は実はエントで、レゴが「ちょっと背伸びしてくれないかな?」と交渉した(最高のデートスポットの確保)。という感じで。
 でも、ボロミアとシケこむ為に見張りの順番をボロミアの前にした、ということは、「ちょうどいいや」何て言ってますが、ハナっから企んでいたと。なにやら良い子ちゃんっぽいですが、最後でゴルンに、ボロミア(40の髭オヤジ・でも、ものっそキュート)をお姫様だっこしながら笑って「ありがとう、ご苦労さま」なんて、やっぱウチのレゴはブラックです!
 ブラック・レゴラス万歳―!
 あ、好きカップリングは(ゴルンVSレゴ)・ボロミア(←総受け傾向強し)でゴザイマス。ヴィゴショじゃないです。バーサス、もしくはブイエス、と読んでください。最近「VS」と見ると、真っ先にヴィゴショと読んでしまいます(笑)ビョーキですな!(いばるな) 執政兄弟はブラコンで。
 あ、矛盾が(笑)レゴはエムルの名の由来を知らなかったのに、どうして数ある星の一つがそのエムルであるのかわかったのか!?つまり、エムル=母の愛という事は知ってたけれど、その由来までは知らなかったと。でも、ボロたんの話を聞いて、この星のことだ!と直感でわかったんでしょう。星の名前とその由来話が符合するから。 と、言う事にして下さい(こじつけー)