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いつかの うたを




 「跳ねるよ野原が 呼んでる風が 起きたて野花に うたをあげよう♪」
 「ひゅる りら るーい♪ らら りら るん♪」

 晴れた空の下、メリーとピピンの陽気で元気な歌声が響いている。
 旅の仲間の一行は、その道中で朝を迎えていた。
 サムは自前のフライパンでキノコと香草をいためており、他のホビットはその手伝いをしている。ガンダルフとギムリとアラゴルンは朝からパイプ草をふかし、夕べ遅くまで寝ずの番をしていたボロミアはいくぶん眠そうにたたずみ、そのボロミアの後に日が昇るまで番をしていたレゴラスは2人の歌を興味深そうに聴いていた。

 「空から雫が落ちる日も トントン屋根ははずんでる♪ トントントトト トトント トント♪」
 「だから僕らも歌うんだ こころで太陽笑ってる♪  ランランラララ ラランラ ランラ♪」

 昨日は一日中曇っていたが、今日は一変して快晴となった。それがよっぽど嬉しいらしく、2人はピョンぴょんと弾むように歩き回っている。
 「君らの歌ってはじめて聞いたけど、とっても可愛らしいうたなんだね。」
 感心したようにレゴラスが言った。
 「へへ、ありがと。僕ら歌にはちょいと自信があるんですよ。な、ピピン!」
 「そうそう、毎日のように歌っていたものねえ。」
 その誉め言葉に気を良くし、2人はにっこりと顔を合わせた。
 するとカンカン、とサムがフライパンを叩く。
 「ダンナがた、朝食ができましただよ。」
 「よ!待ってました!」
 「歌ったらお腹ぺっこぺこになっちゃったよ。」
 真っ先にこの2人が駆け寄り、我先に、という勢いで食べ始める。
 「メリー、ピピン。そんなにあわてると喉につまるよ。」
 そうフロドが言ったとたん、まるで申し合わせたかのように2人が顔をゆがめ、どんどんと胸を叩いた。
 「ああ、もう。なんて落ち着きが無いんです?あんた方は!!」
 サムに叱られながら差し出された水を飲み干す。そんな光景を他の仲間たちは笑いながら見ていた。

 そして朝食も早々に、一行は再び歩き出した。心なしか昨日より足取りが軽い。
 さすがに歩きながら歌いはしないものの、時折かすかなハミングが聞こえていた。
 日が高くなった頃、一行はちょっとした坂道に差し掛かかる。

 「うわっ・・」
 メリーが地面のこぶにつまずき、声をあげる。そのまま地面に倒れるのか、と目をつぶると、後ろからがっしりした腕が伸び、メリーの体を支えた。
 「大丈夫か?メリー。」
 「あ、ボロミアさん。ありがとう!!」
 「足元に気をつけなさい。」
 「はーい!気をつけるよ。ああ、でもびっくりした。」
 ほっと胸をなで下ろすメリー。心配そうにピピンが覗き込んだ。
 「大丈夫だった?メリー。」
 「ああ。見てたろ、ボロミアさんに助けてもらった。」
 「そんなに重そうな盾とか剣とか持ってるのにすっごく速かったですよ、ボロミアさん。」
 「そ、そうか?」
 そうしてしばらくボロミアは2人のホビットに挟まれながら歩いた。
 「ねえねえ、ボロミアさん。ボロミアさんは歌とか歌わないんですか?」
 「う、歌?」
 ピピンが尋ねるとボロミアは驚きの表情を浮かべる。さらにメリーが続けた。
 「そ。子守唄でも童謡でも何でも。小さい頃に歌いませんでした?」
 「歌・・・」
 小さくつぶやくとボロミアは宙に目をやる。そしてそのまま黙り込んだ。

 「ボロミアさん?」
 呼びかけられてはっとする。
 「あ、いや、失礼。私は・・その、どうも歌や詩歌の類は苦手で・・・そういうのは弟の方が得意だった。」
 「あ、いつか話に出てた弟さん?」
 「ファラミアさん、って言うんだよね。5つ年下の。」
 そうして再びホビットに挟まれてボロミアは歩いていく。歩幅の違うホビット達に歩調を合わせながら。
 もちろん、その時先頭の方を歩いていたエルフがチラリと後ろを振り向いていたのには気がつかなかった。


 その晩、月の美しい夜になった。
 昼間の好天でだいぶ距離を稼いだ一行は、心地よい疲労感にひたっていた。
 ホビット達は夕食も早々にまどろみかけている。
 大きい人たちも見張りの番を決め、休むことにした。ボロミアは深夜~明け方の担当だった。

 「ボロミア、起きて。交代の時間だよ。」
 「う・・ん。あ、・・ああ。今行く。」
 ごそごそと起き上がり、眠い目をこすり、頬をぴしゃぴしゃと叩きながらボロミアは仲間たちが眠っている場所から少し離れた見張り用の場所へ歩いていく。
 「レゴラス、やすまないのか?」
 先ほどまで番をしていたレゴラスが、まだそこに座っていた。
 「ああ。今夜は良く晴れているから、眠るのが少しもったいなくて。」
 そう言われて空を見上げると、月が静かに輝き、星々が瞬いていた。
 「確かに今夜はきれいな晩だな。」
 腰に剣を下げ、焚き火の側に腰かける。
 「ねえ、ボロミア。」
 「うん?」
 「あなたは本当に歌を歌わないの?」
 「え?」
 「昼間、メリーとピピンが話しているのが聞こえたんだ。」
 「ああ、あれか。いや、本当に私は詩歌の類は苦手でな・・・」
 「じゃあ、何で哀しそうな顔をしてたの?」
 「!」
 レゴラスは見ていた。歌を歌わなかったのか、と尋ねられた時、しばし無言で宙を見ていた彼が一瞬悲しそうに眉をひそめていたのを。 
 「ああ、見られていたか。」
 少し照れくさそうにボロミアは笑った。
 「本当は知ってるの?歌。」
 「ああ、知っている。小さい頃はよく歌ったり聴いたりしたものだ。」
 懐かしそうに、そして嬉しそうにボロミアは火を見つめながら語りだす。
 その昔聴いた、母の子守唄。
 友人たちと野を駆け回りながら歌った童歌。
 城の楽師たちが歌った異国の歌。
 「・・・母が亡くなってからは、私が弟に子守唄を歌って寝かしつけた事もあった。」
 くすり、と笑う。
 「それならそうと、どうして教えてあげなかったの?」
 レゴラスの問いに緑の瞳がかすかに曇る。
 「教えてもよかったのだが、そうしたらあの2人は歌ってくれとせがんだろう。・・・だが、今の私は、とても・・歌など。」
 「歌えないの?」
 こくりとうなづく。
 「歌には、楽しい想い出がありすぎる。その想い出が、まるで夢のような光景なのだ。・・今のミナス・ティリスと比べると。・・・辛いほどに。」
 「・・・」
 「・・・あまりにも、違いすぎるのだ。今のゴンドールは、昔の、それと。歌など歌う子供たちはいないだろう。歌を歌ってやれる余裕のある大人も、恐らく・・・」
 目を伏せ、ひざの上でぎゅっと拳を握る。
 「・・ボロミア。」
 「・・私がこうしている間にも、ゴンドールの民が不安と恐怖にさいなまれ、父や弟や兵たちが魔物を相手に疲弊していると思うと、とても歌など歌う気分には・・・」

 レゴラスはこの質問をした事を後悔した。ただ、彼がどんな歌を知っているのか、どんな声でうたうのか、それが知りたかっただけなのに。
 彼に、こんな、こんな悲しい顔をさせる為じゃなかったのに。

 「ボロミア。」
 レゴラスはボロミアの腕を取るとすっくと立ち上がった。
 「えっ?れ、レゴラス??」
 その華奢な体つきからは想像しがたい力でぐいぐいとボロミアを引っ張っていく。
 「ど、どこへ行くのだ?見張りをしないと・・」
 「今晩は大丈夫だよ!怪しい影も気配も無い。」
 「え?だが、しかし・・・」
 「いいから!」
 「は、ハイ。」
 妙な迫力に押され、ボロミアはレゴラスに導かれるまま歩いていく。

 「この辺でいいかな。」
 月の良く見える原っぱまで来ると、レゴラスはようやく手を離した。そしてボロミアから少し離れ、月を背にするようにして立つ。
 「・・・・・」
 月明かりに照らされたエルフの王子は、日の下で見るよりも少し違って見えた。
 触れたら壊れてしまいそうな繊細な白い肌は、夜の闇の中によく映え、その透き通るような青い瞳が今はいくぶん憂いを帯びてこちらを見つめていた。
 「レゴラス・・?」
 歩み寄ろうとしたボロミアを手で制すると、レゴラスは瞳を閉じ、すう と息を吸う。
 「・・・」

 静かに光が射す中、彼は歌い始めた。 せつせつと歌う。
 風の音のような、鈴の音のような。あるいは異国の楽器の奏でる音色のような。
 ボロミアはその歌の意味はわからなかったが、その調べを美しい、と感じていた。
 その歌が流れる間、彼は何もかもを忘れ、ただその心地良さに身をまかせていた。
 歌が、声が、調べが、 全身をゆっくりと、優しく巡っていった。


 どれだけ時が経ったのだろう。
 ボロミアはいつの間にか歌が止んでいたのに気がついた。
 「どうだった?エルフの歌は。」
 「・・・どう、表現したらいいだろう。その、言葉が足りないのだが、とても美しかった。」
 パチパチパチ 拍手を送る。
 「そう?よかった!!」
 月明かりの中、エルフはにっこりと微笑んだ。
 「アナタが歌えないのなら、私が歌ってあげようと思ってね。喜んでもらえて良かったよ。」
 「今の歌はどんな歌なのだ?」
 近くの岩場に腰かけて話す。
 「故郷に伝わる歌だよ。内容は・・そう。花を歌っている。」
 「花?どんな?」
 「・・・大切に育てている花がしおれてしまうんだ。太陽が雲にさらわれてしまったから。だから光の代わりに歌をあげるんだ。無駄だとわかっていても。でもその人の心がこもった歌で、花は再び咲き誇る。 だいたいこんな感じかな。」
 「不思議だが、美しい話だな。花にも人の心が通じる、という所が私は好きだ。」
 感心したように目を細めるこの無骨な戦士をレゴラスは内心驚きながら見つめた。

   即興の作り話なのに。
 今のこの状況を、花に置き換えた作り話なのに。
 なのに、この人は・・・まったく、弱ったな。

 害は無いとはいえ、ついてしまった嘘に胸がチクリと痛む。
 ボロミアに背を向け、苦笑いをもらした。いつか、この埋め合わせをしなくては、とあれこれ算段していると、
 「・・・!」
 背後で歌声がして、反射的に振り向く。すると、歌っているボロミアがいた。
 月をあおぎ、腹の前で軽く手を組み、瞳を閉じて。
 普段の話し声とは少し違った趣がある。 低く、耳に心地良い響き。
 歌う気分ではないと言ったこの人が、そもそも歌とはあまり縁のなさそうなこの人の歌う姿に驚いたものの、それは一瞬の事で、レゴラスはすぐにその姿と歌にとらわれた。
 瞬きする間さえ惜しい。
 魅せられる、とはこういう事をいうのだろうか。 何と、何て・・・

   歌が終わる。
 少し(かなり)恥ずかしそうにボロミアが腰かける。
 「あ、あの、どう、だったろうか・・・」
 伏目で、わずかに顔を赤らめながら尋ねる。
 「ボロミア。あなたはとっても素敵な声をもっているんだね!驚いたよ。素晴らしかった。」
 「そ、そうか。良かった・・」
 ぱあっと顔を輝かせて喜ぶボロミア。まるで子供のように表情がコロコロ変わる。
 「でもボロミア。さっきは歌う気分ではないと言ってたけど、どうして?」
 「ああ、その、先ほどの花の話があっただろう?」
 あの即興の作り話の事だ。
 「しおれた花が歌を聴いて元気になった。それで、今晩の君も、まるでその花のように元気がなさそうに見えたので。・・少しでも気分が晴れたならよいのだが・・・」
 そう言って微笑を浮かべる。その顔を目を点にして見るレゴラス。
 「・・は、ハハ アハハハハ!」
 数秒の沈黙の後に、レゴラスはいきなり笑い出した。
 いつも表情を崩さない彼がこの様に声をあげて笑うのはかなり珍しい。もちろん、ボロミアも初めて見る光景だった。
 「れ、レゴラス?」

 なんて事だ。励ますつもりが、励まされて。
 あのしおれた花はあなただったはずなのに。

   がばっとレゴラスは横からボロミアに抱きついた。
 「ああ!あなたって人は。私はますますあなたという人が好きになったよ!」
 そう言って甘えるようにボロミアの肩に顔をのせた。
 「君は、普段の凛とした姿も似合うが、こうやって笑っている顔も良く似合うのだな。」
 「そう?ありがとう。ところでボロミア、今思い出したんだけど、」
 「何かな?」
 「さっきの花の話の続き。しおれた花を哀れに思ったその人は、再び咲いた花を見て喜ぶんだ。そしたら2人の笑顔に連られて太陽が戻ってきた。めでたし、めでたしってワケさ。」
 「ふむ。やはりいい話だな。他に、何か面白い話は知っていないか?ぜひ、聞きたいのだが。」
 「もちろん!喜んで。好きなだけ聞かせてあげるよ!」

 あなたが望むなら、夜通し語って聞かせよう。
 この大きくて、強くて、そして とても、とてもやさしい人。
 あなたという花が、いつも陽を受け、咲き誇っていられるように。
 私は晴れの日も、雨の日も、歌を歌い続けよう。あなたが心から笑えるその日まで。
 それは、それが私のよろこびとなるのだから。


                                             END


 後我来
最初計画していた話とは少し違ってしまいました。花のたとえ話は即興で思いつきました。レゴラス→オーリ→花 という連鎖ではないですよ。
 あれだけわかりやすいたとえ話なのに信じてしまうその純真さ(天然っぷり)はもう罪に近いですね!
 本当は翌朝ゴルンが夕べのことについて探りを入れたりするはずでしたが、キリがいいので終わらせました。わお。ゴルンがいるのにレゴボロしてるよ。
 冒頭のホビッツの歌も恥ずかしながら即興のオリジナルです。ワケのわからん感じがそれっぽくていいかなあ、と。
 この話は・・・歌を歌うボロミアを書こう!というのがコンセプトです。歌詞などはつけませんでしたが、祖国に幸あれ、という『エーデルワイス』(in サウンド・オブ・サイレンスミュージック。)みたいなイメージでお願いします。
 Breath my homeland forever の辺り好きなんですよ。