ある日の夕方、旅の仲間たちは野宿をする事になりました。 みんなは荷物を降ろし、枯れ枝を集め、火をおこします。サムがいそいそとかばんから自慢の黒光りするフライパンやら薬味の入った小ビンの数々を取り出します。 「ねえ、サム、今日のごはんは何?何?何?」 その様子をみて既におなかの虫が鳴りっぱなしのピピンが尋ねました。 「そうですねえ、こないだ捕まえた野うさぎの塩漬けがまだ残ってるんで、シチューにでもしましょうか。」 「やった!シチュー大好き!」 「お前はサムが作ったものなら何だって大好きなんだろ?」 すかさずメリーが横槍をいれます。それに対してぷう、とほっぺをふくらますピピン。しかし少しの間小首をかしげると、こう言いました。 「そうだなあ、サムのつくったもので苦手なものなんてないや。」 その答えにホビット達は声をあげて笑いました。 「メリーもピピンも早く食べたいんなら手伝いなよ。」 フロドが腕まくりをして2人をうながします。 「では、私はもっと薪を集めてこよう。」 そうボロミアが言うと、ガンダルフが付加えました。 「少し多めに集めてくれんか。どうも最近夜の空気が寒くての。」 「承知しました。」 少し笑みを浮かべてボロミアは答えました。 「それじゃあ、私もお供するよ。いいだろう?ボロミア。」 そう言ってまったく疲れた様子のないレゴラスが明るい声で言います。 「もちろん。では。行こうか。」 「あ、僕も行きます。シチューの具になりそうなものも見つかるかもしれないし。」 フロドが名乗りをあげました。 「フロドー、キノコを見つけてねー。」 「デザート用の野イチゴなんかあればサイコーなんだけどなー」 メリーとピピンが付け加えます。「わかったよ。」と笑いながら3人は森へと入っていきました。 名乗りをあげそこなった馳夫さんは,仕方なく焚き火の側でパイプ草をふかし始めます。 サムはメリーとピピンにあれこれ指示を出して、器用に具を切っていきます。その様子を珍しそうにギムリは見ていました。 やがて3人が森から帰って来ました。ボロミアは両手いっぱいに薪を抱えています。フロドはその手に袋を握り締めていました。すぐにサムの所へ駆け寄ると袋を広げて見せます。サムに嬉しそうな笑顔が浮かびました。成果は上々だったようです。 「ねえ、フロド、デザートは?」 「それならレゴラスさんが持ってるよ。」 「やった!レゴラスさーん!見せて見せて!」 メリーとピピンが駆け寄ります。「はい、どうぞ。」とレゴラスが袋の口を開けると、そこには真っ赤に熟れた野イチゴとベリーがありました。 「うっわー!!すっごーい!おいしそうー。」 「こら、ピピン、まだ食べるなよ。ちゃんと皆で分けないと。」 ピピンが袋に手を伸ばすのをぺちん、と叩きます。メリーはさらにごそごそと袋の下の方を探ると、別の果実が見えてきました。 「あ!これはイベカだ。へえ、珍しいなぁ。」 そう言ってメリーはイベカの実を取り出します。イベカとは、淡い紫色で、握りこぶしより一回り小さい、少し長めの形をしています。そのまま食べてよし、ジャムにするもよし、絞ってジュースにしたり、お酒と割って飲んでもイケる、という便利な果物でした。 やがて、いい匂いがあたりに漂ってきました。サムが出来立てのシチューを器に盛り付けます。「いっただきまーす!」と元気な声をあげて、夕食タイムが始まりました。 毎度のことながら食事が始まると皆しばらく無口になります。食べる事に集中しているのです。ホビットも人もエルフもドワーフもイスタリも、サムの料理には言葉を失くしてしまうのでした。 やがてシチューがすっからかんになると、デザートの時間です。袋を開けると瑞々しい香りがぶわっと、噴き出しました。皆おいしそうにベリーをぱくつきます。 しばらく経つと、レゴラスがイベカを手に取りました。 「アラゴルン、ほら、イベカだよ。確か君の大好物だったよねえ。」 「ん!?」 「馳夫さん、イベカが好物だったんですかー。」 「え、ああ、まあ、な。」 馳夫さんが口を濁します。 「イベカとは懐かしいな。」 パカっとイベカの実を割りながらボロミアが懐かしそうに言いました。 「ボロミアさんも好きなの?」 「そうだな、小さい頃城を抜け出して、山へ遊びに行った時はよく取って食べた。」 そう言うと種を少しはじいて、実を口へ放ります。 「なら、ボロミア、私の分も食べるといい。」 そう言ってアラゴルンが自分の分を差し出します。 「いや、アラゴルン。これはあんたの好物なんだろう?私はどちらかと言うとベリーの方が好きなんでこちらを頂く。」 再びベリーへ手を伸ばします。 「そうだ!馳夫さん、こないだ転びそうになったのを助けてくれましたよね。」 メリーがぽんっと手を叩きました。 「あ、ああ。」 「じゃあ、これ、馳夫さんにあげます!助けてくれたお礼。」 そう言って自分の分のイベカをアラゴルンに渡しました。 「い、いや、メリー、そんな事でお礼なんか・・・」 と、アラゴルンが言い終える前に、 「じゃあ、おらのもあげます。今日のシチューの兎だって、馳夫のダンナが獲ってくれたもンだし。」 「や、・・」 「ワシのもやろう。どうも種が多くて食べにくい。香りを楽しんだだけで十分だ。」 「あ、・・・」 「じゃ、僕のもあげます。いつもお世話になってるし。」 「う・・・」 アラゴルンの手には5つのイベカが乗っています。どこかボー然とした様子のアラゴルン。 「よかったね、アラゴルン。わざわざ高い木から見つけてきた甲斐があったよ。」 にこにこと笑顔を浮かべてレゴラスが言いました。アラゴルンはギロッと横目で彼を睨みます。 「これはお前が獲ってきたのか?」 「ええ♪」 「《私がこれがキライなのを知ってか!?》」 突然アラゴルンはエルフ語で話し始めました。ガンダルフが面白そうに眉を上げます。 「《そうでしたっけ?》」 「《知らないとは言わせないぞ。この、種がやたらと入ってるのがイヤなんだ!》」 プッとガンダルフが笑いを漏らしました。 「レゴラスさん、馳夫さん、一体何を話してるんです?」 「ああ、ごめんよ、ピピン。アラゴルンはエルフ語で『ありがとう』って言ったのさ。皆の気遣いが嬉しいって。」 「!!!」 アラゴルンは声にならない叫びをあげました。 「よかったな、アラゴルン。でも何でわざわざエルフ語で?」 ニコニコと笑みを浮かべながらボロミアが肩を叩きます。アラゴルンはちら、と助けを求めるようにガンダルフを見ました。 「《その年で好き嫌いがあるとは情けないのう。これを機に克服したらどうじゃ?》」 「《ガンダルフ!あんたまで!》」 なんとなーく話の内容がわかったフロドは口を出さないでいよう、と決めました。 「アラゴルン、いつまでそれを握ってるんだ。そんなに握ってるとぬくまってしまうぞ。早く食ったらどうだ?」 野イチゴをおいしそうにほおばりながら、ギムリがせかしました。次いでアラゴルンにイベカを譲った4人の眼差しが、今は身に突き刺さるように向けられます。 ここで断ってしまえば皆をがっかりさせる、私のイメージが崩れる、皆の士気にもかかわる。こんな果物ひとつ食べれないとわかると、ボロミアは私を情けない男と思うだろう。 「《この借りは返すからな!》」 レゴラスに向かって言い放つと、意を決してアラゴルンはイベカをほおばりました。次から次へと。口いっぱいに。 誰もが目をまんまるにしてその様子を見ていました。只1人、レゴラスだけが、おなかを抱えて笑いをこらえていました。 もぎゅ もぎゅ 藻牛 ごっくん。 最後のひと口を飲み込みます。 「見事な食いっぷりだな、アラゴルン。そんなにイベカが好きとはね。たまに食べる分にはいいが、5つもだと俺は食う気がしないがね。」 と、ギムリ。 「実はおら、それが苦手なんですよ。その、匂いはいいんですが、水っぽくて。」 と、サム。 「僕はジャムだと好きなんだけどな。実は、実自体はあんまり・・」 と、メリー。 「ごめんなさい・・・実は僕も実は苦手で・・・。ジュースとかだと平気なんだけど。」 と、フロド。 「ワシは正直に言ったぞ。」 ぷはー、と煙を吐き出しながらガンダルフ。 アラゴルンの目が点になります。両手と口元がわなわなと震えます。 「なんだ、皆あんまし好きじゃないんだね。僕はこの食感が好きなんだけどな。ボロミアさんは?」 「あー、実は、懐かしいと言うのは本当だけれど・・・あの種だらけなのがなかったらもっと好きなのだが。」 「アンタもか!?ボロミア!!」 目に薄ら涙を浮かべてアラゴルンが叫びます。 それと同時にレゴラスが我慢しきれず笑い声を上げました。 アラゴルンは立ち上がり、ダッシュで水辺に向かいます。 その場に残された一同はボー然としています。 「あの・・・ガンダルフ。」 ガンダルフはまた、ぷかあ と煙を吐き出して、ゆっくりと言いました。 「いいんじゃよ、フロド。 面白い余興じゃった。また頼むぞ、緑葉の。」 「ハイ♪」 極上の笑顔で美麗のエルフは応えました。 めでたし・でめたし♪ |
アトガキ ハイ、馳夫イジメが何か最近好きです。と、いうか馳夫がヘタレ(ヘタレ、というのは誉め言葉ですよー。)に思えてきた今日この頃です。初めはもっとクールでストイックでかっこいいイメージがあったんだけどなー(遠い目) で、これは自分にとって初のボロミアがメインでないSS!しかもオールキャラーのギャグーです!! 本当は別の小説の一部だったのですが、食事の部分がやたら長くなってしまったので、食事ネタで一本書こう、と思い立ち、書いてみました。そして原作風の丁寧口調にもチャレンジ。割とやり易いですね。 オリジナルの果物、イベカ。これは、アケビをローマ字に直して、逆にしてみました。(好きな暗号の手法はアナグラム) アケビ>akebi>ibeka>イベカ。 アケビって、野生してて、おいしそうなイメージがあるのですが、いざ本物を目にすると、においはいいけど種が多くって、水っぽかった。という感想があるので。ブドウとかでも、種を出す人間なんです、私。 イベカが苦手なんだけど、皆の好意を無駄に出来ないし、苦手だと言いそびれたし、仕方なくレゴラスの策略にハマってしまったアラゴルン。 ゴルンを苛められるのって、レゴとかガン爺しか思い浮かばなくって・・。ボロミアは、天然で苛めるんですよ。悪意がないからかえって傷つく一言とかありますよね?それをやりそうなのが、ボロミアかなあ、と。でもまあ、野伏って、食べれる物は何でも食べる、というイメージがあります。 まあ、大目に見てやってくださいな。でもヨコシマじゃないギャグって、むつかしいですねーー!!これでも一応ギャグなので、よろしくお願いします。 それでわー! |