フォーン・カンバセーション4



 さて、今日は2月14日。聖バレンタインデーである。
 灰色の寒空広がる今の時期のロンドンも、今日のこの日だけは神様が気を利かせてくれたのだろうか、昨日とはうって変わって青空が広がっていた。
 どこかの教会の鐘の音が空に吸い込まれていく。

 ここはロンドン郊外、ハムステッド。ここに住んでいる俳優、ショーン・ビーンはNational Treasureの撮影を終え、久しぶりに我が家に帰って来たのである。
 TroyにNational Treasureとアクション傾向の強い作品に立て続けに出演していた彼は、懐かしの我が家でゆっくり、のんびりと過ごしていたのであった。

「ふぁ〜〜あ・・・。良く寝た。」
 ベッドからもぞもぞと起き上がり、時計を見るとすでに昼に差し掛かっていた。
 せっかくの土曜日なのに、娘たちは皆出はらっている。ローナからは昨日郵便でカードと手作りのチョコレートが送られてきた。モリーとエヴィーはそれぞれ、友達の家でバレンタイン・パーティーがあるから、というので朝から出かけている(それを聞かされたのは夕べの事だけれど)。

 そういうわけで、彼は1人でバレンタインの朝を迎えたのである。
 ぼや〜っとする目をこすりながら、リビングへ向かう。そこにはエージェントから届けられたファンたちからのプレゼントがダンボール5〜6箱分置いてあった。世界中で大ヒットを飛ばしたロードオブザリングに出演したせいもあって、近年、この様な季節のイベントには世界中から贈り物が届くようになっていたのだ。
 後数箱分は届いているらしい。
「・・・オーランド辺りはトラック2,3台分になってたりして。」
 後で聞いてみようかな、という様なことを考えつつ、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。
 コポポポポ・・・
 辺りにゆっくりとコーヒーの香ばしい香りが広がっていく。その間にショーンは冷蔵庫を漁ると冷凍のピザを見つけ出し、それをオーブンに放り込んだ。
 リビングのテーブルに食事を並べ、テレビを点け、送られてきたプレゼントを開けていく。
 彼自身、甘い物好きとはいえ、これだけの量のチョコレートはさすがに糖尿の事を考えずにいられなかった。「パパ、それ全部食べるの?虫歯どころか病気モノよ。」娘からそう釘を刺されたばかりなのである。
 包装紙やリボン、カード、そしてチョコレートをテーブルに載せたまま、キリが無さそうなので途中でその作業を止め、テレビに集中する事にした。

「・・そういえば、仕事で観れなかった試合のビデオがまだあったな・・」
 さすがサッカーバカ 外に出かける気にもなれないので、趣味に没頭する事にした。ブレイドの赤と白のユニフォームを着込むと、2杯目のコーヒーをカップに入れ、臨戦態勢に入る。
 しばらくすると歓声や怒鳴り声がリビングから響いていた。

 それからどれ位経っただろう。インターフォンが鳴った。
 ショーンはビデオを一時停止にして、電話に出る。
「どちら様?」
「宅急便です。海外からショーン・マーク・ビーン様にお届け物が。」
 海外から・・・
「今行きます!」
 ドタドタと玄関まで駆けていく。
「では、ここにサインを・・ハイ、ありがとうございました!」
「ご苦労様。」

 小包は2つ届いていた。ついでにポストにはカードが数枚。
 自宅に届いている、という事は友人たちからの物である。
 2つの小包は米国と英国から。カードは色んな所から届いている。カードの方を目を通してみると、先のトロイで共演したブラッド・ピットとその奥さんの連名でセンスのあるカードが。そのトロイに引き続いて共演することになったダイアン・クルーガーからも届いている。・・・ピンクのルージュのキスマークに少しドキっとした。 他にも役者仲間や共演者から何枚か。
 そして小包の方へ取り掛かる。少し迷ってから目を閉じて適当にシャッフルし、一つを選ぶ。まずは英国から届いた方。差出人は2度の共演を果たしたオーランド・ブルーム。
「イギリスからって事は、どこかでロケ中なのかな。」
 そう呟きながら包みを開ける。

「ワオ!」
 ダンボールを開けると、ショーンは思わず嬉しそうな声を上げた。
 そこには4〜50センチほどの大きさをした可愛い熊の容器が現れたのである。フタにもなっている赤い帽子をひねって中を見ると、色とりどりのマーブルチョコが詰め込まれていた。
 見ると、容器とチョコは別モノらしかった。
 わざわざ容器を選んで、詰めてくれたのか?多忙なはずなのに・・・
 早速何粒か取り出して口に放る。
「オーリらしい演出だな・・・Thanks!」
 そう言って熊の鼻の頭にキスをした。
「次は、ヴィゴのだな。」
 今頃どこで何をしてるやら・・・そんな事を考えながら包みを開ける。中には発砲スチロールの箱が入っており、何やらひんやりした空気が漏れていた。さらにその箱を開けると、保冷材に囲まれているプラスチックの入れ物があった。いそいそとそのフタを開けると、

 《Happy Valentine!! with a lot of love》
 そうホワイトチョコで書かれている大きなハート型のチョコレートが入っていた。
 決して豪華でも高価そうでもないが、明らかに手作りだとわかるものだった。
「・・・手作り。」
 そう呟くとショーンは声を立てずに笑う。ヴィゴが一体どんな顔でこれを作っていたのか。 まさかエプロンでも着けて? ハートの型なんて一体どこでどんな顔して買ったのやら。
 食べるのが惜しいけれども、一かけ、口に入れた。
 口の中でとろけ、甘さが広がる。甘すぎず、苦すぎず、丁度良い程度の甘さだ。今まで食べたどの高級チョコよりもおいしかった。 

 しばらくの間、ショーンはこの素敵な贈り物を眺めながら、幸せに浸る。
 親しい人たちの好意や愛をこんな風に改めて形で感じるというのも、良いものだ。どんなに自分が幸せか実感できる。

 そうしてショーンは電話をテーブルの上に引っ張り出した。
 さて、今度はどちらから電話をしよう。 ・・・・さっきと同じでいいか。
 そうしてまず、オーランドの携帯に電話する。

RRRRRR RRRRRR RRRRRR

『ハイ!もしもし?ショーン!?』
「やあ、オーランド。私だよ。」
『Happy Valentine! Bean-Boy!もしかして、プレゼント届いた?』
「ああ、届いたよ。可愛いくて洒落たプレゼントだった。で、アレは入れ物と中身は別ものだろう?ひょっとして・・」
『そ!別個に買って、後で詰めた。撮影の合間にコッソリ買いに行ったんだ。』
「ありがとう、オーリ。忙しいのに・・・大変だったろう?買い物も、その後の作業も。」
『そんなの気にしないでよ!大好きなアンタの為だもの。買い物はそれなりにスリルがあって楽しかったし、チョコなんてビッグサイズのが5袋分位になったんだぜ。まあ、1人で食べるのも大変だろうからさ、お嬢ちゃんたちにも分けてあげて。マーブルチョコはショーンのお気に入りだよね?前にNZランドでそう言ってたろ?』
「覚えていたのか?」
『もっちろん!しっかりとね。』
「嬉しいよ。ところで、今は忙しいのかい?体調は万全か?アクションが多いらしいけど怪我、なんてしてないだろうな?」
『・・・だからビーン・ボーイって大好きさ。』
「え?」
『いいの、いいの。その、ある意味天然さがアンタの長所なんだから。とにかく・・ビーン・ボーイに心配してもらって嬉しいってコトだよ。撮影が遅れるとか、予定が詰まるとか、そういうのと関係ないところから言ってくれるんだもん。Ah----! Why you make me happy so well !! ありがと、ショーン、CHU!』
「オーリ、君は皆から愛されてるんだぞ、もっと自信を持ったらどうだ?」
『ウン、大丈夫。ちゃんとわかってるよ。でもサ、やっぱ《特別》ってあるもんじゃない?あ!ビーン・ボーイ、ご免!そろそろ出番みたい。電話ありがとう、また今度コッチから電話してもいい?』
「ああ、撮影中だったか?すまない。電話は大歓迎だよ。National Treasureの撮影が終わって、今は自宅にいるから。」
『え!?アレ終わってたの!?何だ、ソレ早く言ってよ!電話じゃ物足りないからその内押しかけるよ!じゃあね!バーイ!!』
「Take care.」

 プツン――――
 電話が切れる。
 元気そうで良かった。そういえばトラック何台分か聞き忘れたな、まあ、それはまた今度。
 そうして次にヴィゴの携帯にコールする。

RRRRRR RRRRRR RRRRRR

『もしもし、ショーン?』
「ハイ、ヴィゴ。今大丈夫かい?」
『もちろん、アンタならいつでもOKさ。もしかして・・・』
「ああ、さっき届いたよ。あれ、君の手作りだろう?ありがとう・・・嬉しいよ。その、もっと気の利いた言葉が出ればいいんだけど。」
『何、アンタのその言葉だけで十分さ。食べてみたか?』
「ああ!もちろん。私好みの丁度いい味だったよ。三ツ星パティシエ並だな。」
『Merci, mon amie. ・・・実は怖くて味見していなかったんだが、良かった。』
「・・・やっぱり前言撤回していいか?」
『冗談だよ、ショーン。もちろんあれは試行錯誤を重ねた末の大傑作だよ。おかげでウチのキッチンはまだチョコレートの匂いがする。』
「その、作る時、怪我なんかしなかったか?」
『・・・ハハ、まったく、アンタらしいセリフだな。』
「え?」
『気にするな。ホメ言葉だ。怪我なんてしてないよ。その代わり、味見を色々しすぎて、2キロ太ったけどね。』
「2キロも?なら安心だ。この間ロスであった時、少し痩せてたろ?やつれてたというか。」
『心配だったか?』
「もちろんだよ。ただ、あの時は浮かれてて言うのを忘れた。けど、後で写真を見たらやっぱり痩せてたから。」
『・・・あんたに心配されるのはやっぱり嬉しいもんだな。・・今度は何の病気にしよう。』
「ヴィーゴー!」
『だから冗談だって。・・・今は撮影、終わったんだよな?』
「ああ、あれから数日後にね。今は家でのんびりしてるよ。」
『じゃあ、お互い忙しくなる前に一度会わないか?できれば、旅行がてらイギリスでもアメリカでもないどこかで。』
「ああいいね、賛成だ。2,3週間後なんてどうだい?」
『OK!それまで色々計画立てておくよ。あ、ショーン、すまない、家の電話が鳴ってる・・今度またゆっくり話そう。』
「ああ、わかった。それじゃあ、また。」
『バイ、ショーン。』
 プツン―――――
 旅行か・・・仕事抜きの海外旅行なんて久しぶりだ。どこがいいだろう。ちゃんと考えておかなくちゃ。

 そうしてショーンはソファに横になる。本人すら気づいていない満面の笑みがそこにはあった。おそらくもし誰かがそこにいたら・・・思わず頭を撫でたくなるような。



「パパ、パーパ!!起きてよ、可愛い娘達が帰ったのよ、座る所を開けてくれない?」
 愛する娘の声で目が覚めた。
「モリー、エヴィー、お帰り。」
「ただいま、ダディ。」
 そう言ってショーンの胸に飛び込んだのは末っ子のエヴィー。
 父親譲りのフェア・ブロンドにキスをして、次に頬にもキスをする。
「2人とも、パーティーは楽しかったかい?」
 そう聞くと、2人は顔を見合わせ、にこっと笑う。
「Happy Valentine! Daddy! We love you!!」
 そう言ってモリーが可愛くラッピングされた箱を差し出した。
「私とエヴィーの合作よ。昨日友達の家で作ったの。本当は今朝一番に渡したかったけど、パパ起きてこないんだもの。」
「一生懸命やったの。リボンは私がえらんだのよ、ダディ。」
「・・・・」

 ショーンはしばらく声が出なかった。今、もし何か声を出したら泣きそうだったから。
 その代わり2人の娘をしっかりと抱き寄せて、頭や額や頬にキスをする。

「・・・ I love you too, my babies. I love you・・・」

 やっと喉の奥から声が出てきた。
 2人の娘たちも大好きな父親にハグとキスを返す。
「ダディ、食べてみて。」
 慎重に、丁寧にラッピングを解く。箱を開けると、大きなハートマークに白やブラウン、ナッツやドライフルーツでデコレーションされたチョコケーキが入っていた。
 素手でその一部を取って口に入れる。
「ど、どうかな?一応何回も練習したんだけど。」
「・・・・おいしいよ。とっても。ありがとう、モリー、エヴィー。」
 よかった・・と2人は胸をなで下ろす。
「じゃあ、お茶淹れるわ。今日は夕飯はいらない。もうおなかいっぱいだから。パパはどうする?何か作ろうか?」
「私も作るー!」
「いいや、もう作ってもらったじゃないか。今日はこれを食べるよ。」
 そう言ってケーキの箱を手に取る。
「え!夕飯にケーキ?」
「いいんだ。今日はこれが食べたい。さ、パパも手伝うからお茶にしよう。」
「ハーイ!」
 そうしてショーンは片手でモリーの肩を抱き、もう片方でエヴィーを抱きかかえるとキッチンの方へ歩いていった。

 HAPPY HAPPY VALENTINE!! 

                                            おしまい 

 《追記》
「ところでパパ、たくさんもらったわね。カードもたくさん・・・」
「あ、あのクマさん可愛い〜!」
「開けてごらん。」
「マーブルチョコがいっぱい!」
「オーランドからだよ。」
「ホント!?ねえ、パパ、明日『ウチのパパはオーランド・ブルームからチョコレート貰ったのよ!』って言っていい?」
「・・・お嬢ちゃん達にも分けてくれってさ。」
「ホント!? やっぱりさっきのナシ!『私、オーランド・ブルームからチョコ貰っちゃった!』って言っていい?」
「お姉ちゃん、案外ミーハーね。ねえ、ダディ、」
「何だい、エヴィー?」
「ブラッド・ピットからの(写真付き)カード、貰っていい?」
「・・・・」
「・・・・」


アトガキ
   軍配はお嬢ちゃんたちに挙がったようです。(少なくとも私の中では)
 パパ、もいいですが、ダディ、と呼ばせたかった!!ええ、フォーン・カンバセーションとかいいながら、電話じゃない部分がたくさん。色々1人に絞れよ!!とお思いかも知れませんが、『皆から愛される豆』が基本コンセプトなので・・・・今回は時事ネタですしね。
 勝手にピット夫妻とD・クルーガー(ブレイクするんじゃないですか?大作続きですもの)も登場。指輪メンバーは王と王子と一騎討ち!!でも勝ったのはお嬢ちゃん。
 何だかんだ言って4作目になってしまいました・・・P・C。