ショッピング



  「〜♪」

 オーランド・ブルームは嬉しそうな鼻歌交じりでいそいそと着替えをしていた。
 明日はオフなので、ショッピングに出かけるのである。共演者であり、母国の先輩俳優でもあるショーン・ビーンと一緒に。しかも、向こうの方から誘いの声をかけてくれたのだから、オーランドはまさに有頂天になっていた。
 衣装ケースから洋服を出して、とっかえひっかえ鏡の前に立つ。
「あんまりフォーマルでも変だしなぁ、かといってカジュアル過ぎでも浮いちゃうしなあ・・やっぱラフなのが一番いいかな?」
 ホビット連中と遊びに行く時は服装なんてさほど気にしないのだが、憧れの人と一緒に出かけるとなると話は別である。
 そうして小1時間ほどした後、ようやく着ていく物を決めたオーランドは目覚まし時計をしっかりと確認すると、いつもより早めにベッドに入った。けれどどうも落ち着かない。明日の事を考えるとわくわくする。

 そう、小さい頃遠足の前日なんかやっぱりこんな感じがした。・・・恋人とのデートの時ともまたチョット違う緊張感がする・・・何だろ、ヘンなの・・・

 あれこれ考えている内に眠りについていた。


 ―― そして翌日

 ピンポーン

 ショーンの住んでいるレンタハウスのインターフォンが鳴る。
 しばらくすると扉越しに人の気配がした。

「やあ、お早う、オーランド。」
「お早う♪ショーン。迎えに来たよ。」
 キャストやスタッフの間でも評判のハニー・スマイルが、今日は自分のみに向けられている。
「ああ、ありがとう。わざわざすまないな。」
「いいの、いいの。俺運転好きだし、左側通行にも大分慣れたし。さ、行こうよ!」
 そうして車に乗り込む2人。
 エンジンが心なしか嬉しそうに音を立て、車は元気よく飛び出した。
 30分もすると目的地のショッピングモールにたどり着く。
「さてっと。ビーンボーイ、今日は何がお目当なの?わざわざ俺を誘ったのは何で?」
「ああ、実は娘たちにプレゼントを贈りたくて。何日か前にローナが5回連続でテストでAをとったってメールがあってね。」
「5回連続!?そりゃスゴイ。俺は10回に1回取れれば良い方だった。」
「じゃあ、私より優秀だな。それで、ご褒美をと思って。でもそろそろ難しい年頃だから、その、何を送ったらいいかちょっと困ってね、それで君にアドバイスをと思って。」
「なるほど。それじゃあ、責任重大だな。それで、ビーン・ボーイは何をあげたいって考えてるのさ?」
 ふむ と顎に手をやってしばし考え込むショーン。

 その横顔を少しドキドキしながら覗いてみる。丁度ショーンの横から輝く陽光が差し込んで、その短く刈ったフェア・ブロンドをチラチラと輝かせていた。

「・・・服の類はやはり本人と一緒の方がいいだろうし、かといって本はここでは手に入りにくいしなあ。食べ物は・・・送る間に傷んでは困るし、アクセサリーなんかどうだろう?」
 くるり と首を回し、オーランドを振り返った。
 いきなり目が合って驚く。見とれていた事を悟られないよう、わざと「うーん、そうだね」と声を出して考える振りをした。
「アクセサリーと言っても色々あるけど、ピアスはしてる?」
「いいや、空けていない。と、いうか空けて欲しく無い、というのは古い考えかな。」
「そんな事無いよ!俺も最初は母さんから反対されたもの。じゃあ、指輪のサイズはわかる?」
「・・・わ、わからない・・」
 知らなかった自分に軽いショックを受けたようだ。 さすがにフリーサイズの指輪をわざわざニュージーランドから送る、というのもアレだ。
「ショーン、そんな気を落とさないで。じゃあさ、ブレスレットかネックレスにしようよ。前にスタントの人から聞いたけど、ココって宝石とか天然石が豊富なんだって。だからそれを使ってるものをプレゼントしたらどうかな?」
「なるほど・・いいね。そうしよう!」
 にっこりと笑うショーン。
 さほど背丈の変わらないオーランドはその笑顔をすぐ隣で見て、連られてにっこりと微笑む。

 不思議な人だな、ショーンって。会う前はあんなにおっかないと思ってたのに。

 買うものが決ると、それに狙いを定め、2人は色んな店や露店をあちらこちら回って歩く。天気も良い休日なので、モールは人で溢れていた。店の前にはワゴンや呼び売りの店員が立ち並び、元気な声を振りまいている。通りに並ぶ店からは明るい声と音楽、そしておいしそうな匂いが漂っていた。
 とある店の前を通るとオーランドが足を止める。
「ねえ、ショーン、ココも入ってみよう!」
「え、こ、ここ・・?」
 ショーンが見上げた店はパステルピンクの可愛い屋根に同じ系統の薄いクリーム色の壁。店内からはテンポの速い明るい音楽が流れ、時折女の子の嬉々とした声が聞こえている。
 どうひいき目に考えても、40のブロンド髭親父とブルネット美青年の2人組みには似つかわしい。親子にしては年が近すぎるし、かと言って兄弟にしては離れすぎだ。
 見た目だけでも目立つのに、店内はティーンくらいの女の子がたくさんいる。
 そうしり込みをしているショーンの心境は露知らず、『娘にプレゼントを買う』という純粋たる目的があるから平気だと考えるオーランドは「さ、行ってみよう♪」と半ば強引にショーンの腕をとり、軽い足取りで店内に入っていったのだ。


 10分後。
 顔をほのかに赤く染めたショーンと苦笑いするオーランドが店内から出てきた。
「・・・心臓に悪い。と、いうか、私はとてつもなく恥ずかしかったんだが。」
「そう?俺は面白かったけど?」
「あの子達の囁く声が聞こえたろ?」
 店内に入ってきた(この雰囲気ににつかわしい)奇妙な男性2人連れに、客はおろか、店員さえもが物珍しげに2人を見ていた。そして時々この2人は何なのだ?という疑問の声や、時折想像力たくましい推測がひそひそと聞こえてくる。プレゼントを選ぶ事もおぼつかなく、うつむきながらいそいそと店を後にしたのであった。
「・・聞こえたろ?娘くらいの女の子に《可愛い》なんて言われたんだぞ?」
「・・・その評価は間違ってないんじゃない?ビーン・ボーイ。」
 ハリウッドでは強面俳優として知られる彼とは同一人物に見えない狼狽ぶりにオーランドは笑いをもらさないではいられなかった。
 この年にもなって、年下の同性から”ボーイ”呼ばわりされている自分にふと気づき、返す言葉が見つからず、ショーンは代わりに大きく息を吐いた。
「まあ、まあ、過ぎたことは忘れて、それに俳優が人から注目されて照れてちゃダメだよ。そうだ、その辺で一息いれよう、喉が乾いちゃった。」

 そうしてオーランドに腕を引かれてモールの一角にある広場のオープンカフェで一息入れる事になった。
 2人がけのテーブルに座り、アイスティーを注文する。
「しかし、なかなかコレ、というものが無いんだな。」
「そうだね。結局さっきの店も可愛い系のモノしか置いてなかったし。」
 運ばれてきたアイスティーを直接グラスから飲み始めるオーランド。
「まだ見てない店もあるからな。もう少し付き合ってくれるかい?」
「何言ってんのさ!ちゃんと決めるまでトコトン付き合うよ!!」
「そうか?せっかくのオフなんだからゆっくり休みたいんじゃないか?」

 急に声のトーンと表情が変わったのに気がついた。
 仕事仲間とか、友達とか、先輩とか、そういうのでは ない。暖かくて、心にじんわり 沁みこむ様な。
 そう、まるで・・・・肉親のように。

「ねえ、ショーン、俺のコト、心配してくれてるの?」
 思い切って聞いてみた。
「当たり前だよ、オーランド。君は出番も多いし、ハードなアクションもこなさなくちゃいけない、もちろんその練習も。それに映画撮影の経験も他の共演者たちに比べれば少ないだろう。しかも大物と呼ばれる俳優たちに囲まれて緊張もする。違うかい?」

 『 当たり前だよ、オーランド 』

 なぜだかショーンのその言葉が嬉しかった。
 真剣な顔をして言ってくれた。 飾りの無い、ストレートな言葉。
 少し胸が締め付けられる思いがする。
「・・ありがとう、ショーン。」
 ようやく言葉が出てきた。

 そうしてグラスに残っていたアイスティーを飲み干す。
「確かに初めてずくしで戸惑う所もあるし、緊張もしてるよ。実を言うと時々寂しくもなる。 だからさ、休日はリラックスしたいんだ。・・できれば誰かと一緒に。」
「私でも構わなかったか?」
 真顔で聞いてくるこの人にオーランドの方が驚いた。
「当ったり前じゃない!ビーン・ボーイ!見てわかんないかなァ?朝からはしゃいでるんだけど?」
「そ、そうか?現場でも同じくらい元気じゃないか。」
 チッチッチ と人差し指をショーンの目の前で振ると、やや大げさな身振りをつけて話し始めた。どうやらいつもの調子が戻ってきたらしい。人懐っこい、黒い瞳に光が射す。
「あァ!ビーン・ボーイ、俺は今だってはしゃいでるんだよ?あの英雄リチャード・シャープとお茶してるんだもの。もしこの現場をライフル隊に見つかったら間違いなく狙撃されるよ。でも、撮影の時との微妙な差をわかってもらえないのは悲しいな。ま、いずれわかるようになってもらうけどね。さ、グラスも空になったし、そろそろ行こうか?」
 その様子を見てショーンは安心すると伝票を持ち、レジへ向かった。
 店員からおつりを受け取る。
「ん?」
 オーランドの目がその手に留まる。
「ねえ、このアクセすっごい素敵だね。それは、宝石?」
 店員がしていたブレスレットのことを指している。黒い革紐に色とりどりの石が並んで、その中央には小さな白い貝殻があしらわれている物だった。
「コレ?宝石なんてたいそうなモノじゃないよ。これはサンゴで出来てるんだ。」
 まんざらでもなさそうに嬉しがる店員。
「よかったらさ、コレどこで手に入るか教えてくんない?こういうの探してたんだ。」
「ああ、いいよ。コレ、俺の友達が作ったんだ。向こうの路地で露店をやってるはずだから行ってみればいい。あ、コレ見せなよ。少しは割り引いてくれるぜ。」
 そうしてその店員はメモ帳に自分の名前とメッセージを書いて渡した。
「サンキュー、ありがとう。」
「どういたしまして。」

「あのブレスレットは素敵だったな。」
「そうでしょ?シンプルだけれど色使いもいいしさ。ああいう感じのでいいかな?」
「ああ。あれなら娘も喜ぶと思うよ。よく気がついたな、オーランド。」
 そんな事を話しながら2人は教えられた店へ行く。
 そこには色とりどりのサンゴや天然石・宝石を使ったアクセサリーが並んでいた。
 デザインはシンプルで美しく、ひとつひとつのデザインが異なっている。聞けばジュエリー・デザイナーを目指しているという20そこそこのマオリの女性が作ったもので、もちろんどれもオリジナルの一点もの。
 ああだこうだと1時間近く吟味して、ようやく決まった。真珠のようにうっすらと輝いている貝の欠片をきれいにしきつめ、真ん中に小さなブルーのサファイアがはめ込まれたブレスレットと、マオリに伝わる守りの紋章を彫った白く平らな鯨の骨が付いているネックレス、そして新作だというピンクの珊瑚が収まっている小さなクリスタルを乗せたフリーサイズの指輪(デザインが良いので買ってしまった)の3つだ。

「俺も自分用に何か買おうっと。」
「なら、今日付き合ってくれたお礼に、私が買ってあげるよ。」
「え!?マジ?いいの?」
「もちろん。」

 野郎が野郎にアクセを買ってあげる、という事を何とも思わない、というか気がつかないんだろうな、とオーランドは思った。
 でも、まあ、そういうのもこの人の魅力なんだろうけど。
 それで、そういう所もひっくるめて皆彼の事が好きなのだ。

「じゃあ、・・・コレ、この指輪がいい。」
 オーランドが選んだのは、鯨の骨で形どった鯨が描かれている少し幅のあるシルバーの指輪、その鯨の目の部分に小さなエメラルドがはめ込まれているものだった。
「鯨か・・いいね。じゃあ、コレも一緒に。」
 そう言って代金を払うのを見ると、オーランドは嬉々として指輪をはめる。
 そうしてぐっと手を空にかざすと、エメラルドがキラリと光った。小さく細い緑色の影が彼の顔に落ちる。


 陽光に輝くみどり色、あの人の瞳の色。
 この長い旅の、今日のこの日の記念に。

 あなたにとっては、ただの休日。でも、俺にとっては特別な休日。・・・きっとあなたは知らないだろうけど。


「さて、それじゃあ・・・ん?もう昼も大分過ぎてるじゃないか。何か食べて帰ろうか。」
「さんせ〜い♪」
 そう言うと 足取り軽く歩き出す。
「ねえ、ビーン・ボーイ、また買い物来ようねぇ!今度は俺の買い物手伝ってよ。」
「ああ、私で役に立つのなら喜んで。」

 happy holiday は終わらない。

                              おしまい 


アトガキ
 NZランド滞在紀・花豆編第1話です!相変わらずヌルくてすいません。ええと、まだ始まってから1ヶ月位かなあ、と。例の雨で帰れなくなっちゃった事件より以前のつもりです。ショーンは撮影に入る前に、やっぱ数週間は準備してたんですかねえ?ちなみに、この後食事して、食料品を買って、家で酒盛りして、翌日一緒に出勤です(笑)。で、「ハニー・スマイル」はhoney smile で、まあ、蜜のように甘く、とろけるようなたまらない笑顔の事です。某・変わるわよ!の方ではありません。
 文中の「ま、いずれわかるようになってもらうけどね。」と、いうのは、オーランドが勝手にまたデートに連れ出そうと考えている事を暗示しています(笑)ああ、RPSでも (ヴィゴvsオーリ)・ショーンという構図が。・・・その内デイジーちゃんも加えたいなあ、と密かに思っています。トロイverと指輪ver、忙しくなりそうです(笑)
 本が手に入りにくい、というのは2,3年前に聞いた情報ですので、今はどうかわかりません。出版がまだ発展途上なのか、読書人口が少ないのか、作家たちは印税のみでは食べていけないので、図書館で自分の本が借りられてもお金が入るのですよ。ちなみに、マオリの人たちにとって、鯨は神聖な生き物として扱われています。 多分これから『クジラの島の少女』というNZランド映画が発売&レンタルされるでしょう。これを観ていただければマオリの人達やクジラとの関係、そして、コレを観た後にTTT・SEEを観るとハッとする事があるかもしれません。そうですね、参考までにエンパイアの1月号を持ってる方、オマケの厚い方の冊子をご用意下さい。・・え?間違いではないですよ、厚い方がオマケです!!王様が表紙のヤツ(笑)。緑色の方がメイン冊子なはず!!P103の2003年のベストムービー25の14位になってるヤツです。原題は『Whale Rider』。元は小説で、日本語訳もあります。原作の方が映画より色々たくさん詰め込まれているので、オススメです♪・・・しかし、このベストムービー25。キルビルが海賊を上回って2位ですよ!そして外国映画のシティオブゴッドが1位。はー、面白い結果ですねえ。