ふと目を覚ますと、見慣れない部屋のベッドの上で大の字になっていた。 窓からうっすらと光が差し込んでいるので、暗い部屋の中の様子がおぼろげに見える。 起きると同時に喉の渇きを覚えた。ふと、横を見ると、枕元にビニール袋の中から水のペットボトルが2,3本入っていたので、手を伸ばす。喉を通る水が冷たくて気持ち良い。頭まで澄み渡る様だった。 バーでブラッドと飲んだ事は覚えている。でも、バーを出た記憶が無い。 そうだ、肝心のブラッドはどこだろう。 起き上がった拍子にベッドがきしんで音を立てた。 「お早う、ショーン。目が覚めたか?」 「ブラッド!!」 当の本人はベッドの脇に背をもたれて座っていた。 「その、ブラッド、ここはドコだい?そして、バーを出た記憶が無いんだが・・・」 「あれだけ飲んだんだ。記憶も無くすだろうな。」 「・・・そんなに飲んでたか?」 飲みすぎてブラッドに迷惑をかけたのではないか不安になり、ショーンは手を口に持っていきながら尋ねた。 困った時や物事を考えたりする時の癖だ。 そんなショーンの思惑を察して、ブラッドは僅かに微笑む。 「安心しなよ、酔って暴れたり絡んだりはしてなかった。ただ・・・」 「ただ・・・?」 「ワールドカップに行きたい、行きたいとダダをこねてたけどな。行けないのか?」 「そ、そんな事言ってたのか!?・・残念ながら、撮影があるから行けないんだ。」 本当に残念そうな顔をするショーン。 サッカー馬鹿なのは知ってたが、まるで子供のように行けない事を悔しがるショーンの姿は、その歳と強面な外見に似合わず、可愛かった、とからかいながら付け足す。 「で、ここはドコなんだい?」 ブラッドの冗談(本人は割と本気だが)に僅かに頬を染めながらも、敢えて平然を装うショーン。そんな姿がさらに愛らしく見えてしまうのに全く気がついていない。 「ああ。覚えてないか?俺のロンドンの住まいさ。昼間来たじゃないか。店は閉店なのにアンタは寝込んでるし、電車も無いし、タクシーも見つからないからここに連れて来ちまったけど、よかったかな?」 「迷惑をかけたみたいだな・・・すまない。」 「気にするなよ、酔っ払うアンタを見るのも楽しかったしな。…あ、でも途中で訛りが出てきて何を言ってるかわからない事があったなあ。」 思い出してくすりと笑う。 恥ずかしさを誤魔化すために、ショーンは話題を変える事にした。 「・・ここがあの家か。こんな形で私が一番最初の客になるなんてな。」 「俺としては全然構わないさ。むしろ大歓迎。・・・ホラ、月はキレイだし、周りも静かだし。まあ、水しかないってのはちょっとアレだけど。」 そう言ってブラッドは窓の方に手を伸ばし、月を見る。 闇、というよりは濃紺の空からわずかな星と月が見えた。静かに輝く月は優しい光を投げかけて、その光が部屋の中を照らし、まるで水底にでもいる様な錯覚に陥る。 「なあ、ショーン、ソッチに行っていいか?」 「え?このベッドにかい?かまわないよ。」 そう言って家の主にベッドを譲ろうとするショーン。それを見たブラッドは、膝で床に立つと腕をにゅっと出し、ショーンの肩の辺りを掴むと無理矢理ベッドに押し付けた。 「え?」 緑のまるい眼をぱちくりさせる。 「ショーン、違う違う。ベッドを寄越せって言ったんじゃないよ。初めての客を硬いフローリングに寝かす程冷たい人間じゃないさ。一緒に寝ていいか?って聞いたんだよ。」 少しはにかんだ笑顔を浮かべながら、ブラッドはショーンの顔を覗きこむと改めて尋ねる。 緑と青の瞳が交差する。 わずかな時間であったが、どちらもキレイな みどり/あお だと思った。 「それは、別に構わないが、狭いぞ。」 「平気だね。」 言うが早いか、ブラッドはその長い脚をひょいと持ち上げるとショーンの左側に陣取る。ショーンは身を寄せて、何とかスペースを作った。 しばらく無言で天井を見つめる2人。 やがて、不意にブラッドが体を反転して、ショーンに抱きつく様に胸に顔をうずめる。 「どうした?ブラッド。」 「・・・しばらく、こうしてていいか?」 それはさっきまでとは違う、幾分トーンの落ちた、まるで何かにすがる様な声であった。 「かまわないが。」 「…カッコつけるのも、疲れるんだ。」 「わかるよ。」 「記者連中に叩かれたり、騒ぎ立てられるのは慣れてるけど、平気ってワケじゃない。」 「知ってる。」 「もうガキじゃないから、母親に泣きつくってワケにもいかないし。というか、親にはカッコ悪い姿をみせたくな いし。」 「親には見せづらいよな。」 「でも、アンタなら平気なんだ。」 「友達だからね。」 「 ! 」 「違うのかい?」 「まさか!!」 「・・・人に見せたくない事のひとつやふたつ、誰にでもあるさ。」 「アンタも?」 「もちろん。私も君も同じ人間じゃないか。ちょっと特殊な仕事をしているだけで。」 「その仕事が問題だ。」 「人気者は辛いね。」 「いつの間にかそうなってた。夢中だったんだ。気がついたらこんな風になってた。」 「若い証拠さ。」 「・・・もう40だぜ。」 「気持ちが若いってのは良い事だと思うけどな。」 「いつまでも大人気ない大人も困りモノだ。」 「君は違うだろう。」 「そう・・・なんだろうか。」 「ああ、そうさ。子供はそんな事で悩みはしない。」 「!・・・アンタが言うと説得力あるな。」 「役者だからね。」 「確かに。」 2人で声を出して笑った。 ショーンがふと下を見ると、ブラッドが顔を覗かせて笑っている。 「ようやく顔が見えた。」 ブラッドが首を上げると、やわらかな笑顔のショーンが見える。 その笑顔が好きだった。 今夜の月の様に、静かで優しいその笑顔に、いつの間にか心を奪われていた。 只の笑顔なのに、アンタの笑顔は心を溶かしてくれる。さっきまでやたら辛くて痛かった心が、笑顔ひとつで、こんなにも穏やかになった。 「・・・何か恥ずかしいな。」 「今更何だよ。」 「・・・ショーン、ありがとう。」 「どういたしまして。」 ショーンは両手でブラッドの頭を掴むと、優しくキスを落とす。 その瞬間、ブラッドは何とも言えない幸福感に包まれる。 消えたと思っていた傷みが、心の奥で根を張って。気づかない間にその根は広がって。 ふとした事から嫌な記憶は引き出され、癒えたと思った心を、再び苛む。 そんな事の繰り返しだった。 でも、すきな人の言葉で、笑顔で、ぬくもりで、こんなにも心が洗われるのだ。 こんなに心地良い感覚は久しぶりである。 「ありがとうついでに、今日はこのまま眠っていいかな?」 「こんな硬い胸で良かったら。」 「・・・アンタ、自分の事をわかっちゃいない。でも、わからなくていいさ。きっと、アンタの事を大好きな人達なら皆知ってるだろうから。 じゃ、オヤスミ。」 「え?そ・・・・・」 それはどういう事かと聞こうと思って、やめた。 ブラッドの顔は、既に半分夢の中に入りかけていたからだ。 「・・・おやすみ、ブラッド。」 そうしてショーンも瞳を閉じる。 月が静かに微笑みかけるその部屋は、静寂と安らぎに満ちていた。 おわり |
あとがき 血豆ロンドン滞在記・4日目後半。 多分、この話が、このシリーズ一番のヤマ場かと思います。 まともなキスシーンもありませんがね☆ でも、自分では何か、体の繋がりよりは、心の繋がりを微妙に表現する方が書いてて面白いというか、その前にお前体の繋がりを文字化できんのかよ!!デキねぇだろ!!というか…(笑) ハイ、できません・・・ 恥ずかしくて書けません。人様が書いたり描いたりするそういうのは平気なんですけどねー。 あぁ、チキン・・・。 で、ヤマ場を終えてしまったこのシリーズですが、次かその次位で終わりまっす。 本来の旅の目的も果たしましたしね! コレが終わったら、すっかり御無沙汰となってしまった花豆とか藻豆とかもまた書きたいなあ、と。 060720 |