Pi-pipipipi Pi-pipipipi 電子音が部屋に響く。 『うーん。』と低く唸ってから、ブラッドは目覚ましのスイッチに手を伸ばした。 柔らかな枕にしばらくの間顔をうずめる。 次第に頭がはっきりとし、ここがいつもの枕やベッドでない事に気づいた。 「・・・そっか。ここは、ショーンのウチだっけ・・・」 そう呟くと ごろん とあおむけになる。 「・・・・・」 しばらく宙を見つめながら何事かをぐるぐると考えている内に、ブラッドは自然と口の端が持ち上がり、満面の笑顔を浮かべていた。 「っしょっと!」 勢いよく起き上がると、ジーンズと白いTシャツ(至ってシンプルな服装なのに驚くほどサマになる)に着替えて、はずむ様な足取りで部屋を出て行った。 「お早う!ショーン。」 「おはよう、ブラッド。夕べはよく眠れたかい?」 「ああ、すっきり快眠だよ。・・・・良いニオイだね。」 「コーヒーだけど、飲むか?」 「もちろん。あ、コレ朝食?食べていい?」 ダイニングテーブルには既にサラダやスクランブルエッグ、ミルクなどが並んであった。 「どうぞ。あ、パンはもう一度温めなおすよ。他に何かリクエストは?」 「・・・・・今はこれで十分だよ。全部アンタが作ったのか?」 「娘たちと一緒にね。家にいる時はできるだけかまってあげたくて、最近はよく一緒に作るんだ。」 トポポポポポポ・・・… マグカップから香ばしい香りあふれ出す。 あたためたパンをほおばっていると、今度はマフィンをのせた皿が差し出された。 「うわ、美味そう・・・・んぐ。ふまい。」 あたたかな空気とほんのりとバターの香り、そしてパンの匂いが鼻腔をくすぐる。 「そうか、良かった。」 「・・・・・」 そう言って笑うショーンに見られると、なぜだか少しテレくさくなって、思わず目をそらしてしまう。そんな事はおかまい無しにコーヒーに砂糖とミルクを入れてかきまわしているショーンとその手つきを横目で見ながら、ブラッドはコーヒーをひと口すすった。 「今日は何時くらいに行こうか。」 「そう、だなあ。昼頃・・・昼前には着くようにしたいなあ。」 今日のロンドン訪問の予定を打ち合わせる。 結局、昼にはロンドン市街に着き、午後一杯を使って不動産屋を巡ろう、という事になった。 食事を済ませ、一緒に後片付けをした後、2人はサングラスを付けた格好で家を出た。 「外出する時はいつも付けてるの?ソレ。」 「いや、最近少し写真を撮られる事が増えてきたんだ。・・・しかも今日はスーパースターと一緒だし。」 「もし激写されたらどんな見出しがつくんだろうな。《ロンドンでセレブ俳優×2 謎の密会!?》とか?」 「いかにもなタイトルだなあ。」 「騒がれるのは慣れているとはいえ、最近ちょっとウンザリだからなあ。ヨシ!一般人の演技で乗り切ろう!!」 「難しい役柄だ。」 「ああ。」 そうして2人は少し笑うとタクシーに乗り込んだ。 さて、時が経って、日が暮れて。 不動産屋の扉を出て来る金髪・サングラスの男が2人。その表情は見えないが、疲労の色が浮かんでいる。心なしか足取りも重い。 「思ったほど周れなかったな。」 「そうだなー。何か色々あって迷っちまう。」 「まだ日はあるさ。明日も探そう。」 「・・・済まないな、ショーン。オレの用事に一日中付き合わせて。」 「かまわないさ。家探しなんて恋人を探すのと同じで、ある日突然理想通りのものに巡り会えたりするんだよ。オーランドの時がそうだった。」 「え!お、オーランド!?」 「そう。オーランドがロンドンで家を買うときも、実は手伝ってあげてたんだ。」 対象が家だと知って胸を撫で下ろすブラッド。 まったく、さっきの言い草じゃオーランドがアンタの理想通りの恋人だと聞こえるじゃないか。 ん?それでどうしてオレは慌ててるんだ?どうして焦っているんだ? ・・・・・・。 そんなブラッドの心配もよそに、ショーンは続ける。 「オーランドの時はね、2日目で理想の物件に当たったんだ。一目ぼれしたらしい。だから、君だって明日理想の家に巡り会えるかもしれない。」 「・・・確かに、理想に出会うなんて、結局は運次第だよな。」 「運は強い方かい?」 沈みかけた夕陽が放つオレンジ色の中で、ひときわ綺麗に佇むシー・グリーンの瞳がこちらを見た。 「そうだな・・・良い。方だと思う。」 「じゃあ、きっと見つかるさ。」 「ああ。そうだな。」 そうして2人はタクシーを拾い、乗り込んだ。 夕飯の買い物をしたいからと言って、2人はショーンの自宅の近くにあるモールで車を降りた。 今夜はショーンがビーフ・キャセロールを作ると言っていた。牛肉やじゃがいもや豆(ブラッドは豆を手に取るショーンを思わず笑ってしまった)を買い込んで夜道を歩く2人。 「なあ、ショーン。」 「何だい?」 「自分の理想に巡り会うのは運次第だって、言ったよな。」 「ああ。」 「それって、家に限った事じゃないと思わないか?」 「??」 ブラッドが何を言いたいのかわからず、みどりの瞳を大きく開けて困惑の表情を浮かべるショーン。 「わかんないかな?人の縁だって似たようなものじゃないか。」 「人の縁・・・・人の縁か。確かにそうかもしれないけど、だとしたら・・・私は運が悪いらしい。」 「そうか?」 「3回も結婚に失敗したんだぞ。」 「結婚が人生の全てじゃないだろ?」 「それは・・・そうかもしれないけど。愛する人と一生を共にするのは、ある意味人生の目標と言うか・・・」 「オレも結婚には運が向いてないかもしれない。けど、オレは人の縁ってヤツには恵まれていると思う。グゥイネスもジェニファーも素晴らしい人だった。結婚するには向いてなかったけど、出会えて良かったと思ってる。それに、オレはアンタとも出会えた。」 「え?」 「出会えただけじゃない。共演してきた役者なんて山ほどいる。でもそれだけのヤツがほとんどだ。だけど、アンタとはこうやって友人になれた。それって縁があったからだと思ってる。」 冗談などではなく、真剣な顔でこちらを真っ直ぐにみつめてくる青い瞳にショーンは少し戸惑う。 人の縁=女性・結婚という公式に囚われていた自分が少し恥ずかしい。 そうだ。自分には多くの友人たちがいる。苦楽を共に分け合ったり、離れていてもお互いを気遣ったり、そういう人達がいる事を当たり前に思っていた自分に気がついた。 「・・・そうだな。ブラッド、君の言うとおりだよ。どうも、モノの考え方が一方的になってしまう・・・年のせいかな?その、私も君と友人になれて嬉しいよ。私も運はいいらしい。」 そういうと照れくさそうに笑った。 「・・・・そんな顔は反則だ。」 「?今何て?」 「何でもない。まあ、せっかく繋がった縁だ。これからもヨロシク。」 顔を直視できない。恐らく、自分の顔は多少赤くなっているんだろう。今が夜でよかった。 「こちらこそ・・・ここで握手とかする場面なんだろうけど、荷物で手が放せない。」 「じゃあ、握手の代わりに。」 「わ、」 間近に吸い込まれそうな青い瞳が迫ると思ったら、次の瞬間には唇に柔らかいものが押し付けられていた。 昨日の冗談のようなキスではない。少し熱のこもった、やさしい、くちづけ。 ブラッドが顔を離すと、間近にあるはずのグリーン・アイはぎゅっと閉じられていた。そんな顔もやはり愛らしくて、思わず微笑んでしまう。 「ブラッド、また・・・!」 すぐに開けられた緑の瞳には明らかに動揺が見られる。 「悪いな。オレ、キス魔なんだ。」 そう言ってペロリと唇から舌を覗かせ、カラカラと笑うとブラッドはまた歩き始めた。 その仕草に嫌味はこれっぽっちもなく、くやしい程魅力的でサマになっている。 「む、娘たちにはするんじゃないぞ!!」 「大丈夫、お嬢さんたちの前ではしないよ。」 「・・・?何か問題を履き違えているような・・・」 「ショーン!早く帰ろう!そのビーフナントカって、煮込み料理なんだろ?今日はたくさん歩いたから腹減っちまった。」 「あ、ああ。わかった。」 何となく腑に落ちないまま、ショーンは先を早足で歩く友人に追いつこうと歩を速めた。 たくさんの人々と会って、仕事をして、時を過ごす。そして別れて、次の仕事へ。それがこの世界の当たり前。 だけど、たくさんの中からみつけた たった一人の君。 運でも偶然でもまぐれでも何でもいい。 これは運命なのだと言ったら、君は笑うだろうか。 笑われてもいい、今はただ、この縁を大切に したい。 END |
あとがき 血豆ロンドン滞在記・二日目。 くしくも、明日はインテですよ。いや、それとこれは関係ないか。 何となく無性に血豆が書きたくなったので。ええ。また一歩前進でしょうか。つか、どこまで進ませるつもりなんだろう、自分。 付かず離れずが好きなんだけどなあ。まあ、こんな風にいちゃいチャさせてるのが一番好きです。 もうちょっと、続けますよwさすがに10日分も書かないとは思いますが・・・(ネタが・・・…) |