次男殿の特権



 ここはゴンドール、ミナス・ティリスの城内。

 この日は天気もよく、時折爽やかな風が吹いていた。
 その日、執政家の次男、ファラミアは自室で書物を読みふけっていた。窓辺の日当たりの良い場所に椅子を引っ張って。陽の下の彼の髪は時折金色に輝き、窓から吹く風がそのクセのある髪を揺らしてる。 この様に人は何かに集中していると、他の事が目にも耳にも入らないものだ。

バタンッッ!!
「!!!」

 いきなり部屋の扉が乱暴に音を立てて開き、その音に驚いたファラミアは思わず本を落としそうになる。
「だ、誰だ!!」
「スマン!ファラミアッ、しばらく隠れさせてくれ!誰が来ても何を聞かれても私の事は言うな!」
「あ、兄上!?一体何事ですか?」
 ノックも無しに部屋に飛び込んできたのは、ゴンドールの総大将にして白き塔の長官、そして彼の兄でもあるボロミアだった。どういう訳か息を切らし、酷く焦っている。お世辞にも部下たちには見せられない姿だ。
「いいから!わかったな!?これは命令だ。誰にも言うな!」
 そう言うが早いか、ボロミアは部屋にある大きな両開きの扉付き衣装棚の中に入り込む。
 ファラミアは何が何やらさっぱりわからなかったが、兄の言う事を聞かない訳にもいかず、再び何事も無かったように、また本を読み始める。
 しばらくすると、トントンとノックがした。
「入れ。」
「失礼します。」
 やってきたのは家臣の1人だった。なにやら困った表情を浮かべながら部屋に入ってくる。
「読書中すみません、ファラミア様。こちらにボロミア様がおいでになりませんでしたか?」
「兄上が?いいや、今日はまだ会っていないが、兄上が何か?」
「いえ、来ていないのでしたらいいのです。もし・・・いえ、 失礼しました。」
「もし兄上に会ったら探していた事を伝えておこう。」
「はっ、よろしくお願いします。」
 そうして家臣は退出する。

「・・・兄上、もういいですよ。」
 そう声をかけると、衣装棚から窮屈そうにボロミアが出てくる。
「すまないな、ファラミア。」
 ファラミアはパタンと本を閉じ、兄のほうへ椅子を向けると足を組んだ。
「・・それで、どうして彼らから逃げ回ってたんです?あなたともあろうお人が。」
「いや・・それが、な・・何というか」
 視線を泳がせ、歯切れの悪い返事を返す。
「あの者を呼び戻しましょうか?」
 少し意地悪げに笑う。
「いや、それは困る!・・弱ったな。」
 戦場での姿がまるでウソのようだ。同一人物とは思えない。
「兄上、今ご自分がどんな顔をしてるかわかりますか?とても部下たちには見せられません。」
「え!そ、そうか?」

 自分以外には見せられない。こんな顔。
 これは、弟である自分だけの特権。

 口元に笑みを浮かべながら、おろおろと自分の顔を触っている兄を眺める。
「で、兄上、いい加減白状したらどうですか?何故そんなに必死で逃げ回っていたんです?弟である私にも話せないことなんですか?」
 すると、観念したようにボロミアは口を開いた。いつのまにか顔が真っ赤になっている。
「・・・誰にも言うな。」
「もちろんです。」
 ボロミアは辺りを注意深く見回し、開いてる窓の方に寄ると、その縁に寄りかかる。
「じ、実は・・な、その、み・み・見合いを勧められた・・」
「!・・・・父上に?」
「いや、父上から直接言われたのではないが、家臣からだ。聞けば父上から了承を受けての事だと言ってたが・・・」
「アナタが、見合いを?」
 目をまん丸にして驚いた後、ファラミアは声をあげて笑った。
「わ、笑い事ではないぞ、ファラミア。」
「良いではないですか。もう伴侶を持っても良い年頃ですよ。会うだけ会ってみては。」
 もちろん本心からではない。ボロミアをからかっているのだ。
「お前まであの者と同じ事を言うか!私は、まだ結構だと何度も言ったのに・・・!」
 手をわなわなとさせる。 
「まだ、っていう年頃でもないでしょう。」
「いいや、決めているんだ。お前より先に結婚はしない。」
「は?」
「お前がちゃんと良い人を見つけて結婚するのを見届けてからだ。」
「・・・どうしてそうなるんです?」
「兄だから。」
「・・・理由になってませんよ。それに、もし私が結婚しなかったらどうするおつもりですか?血が絶えますよ。立派な跡継ぎをつくるのも、長男としての義務です。」
「それは困る。だから早いとこ良い相手を見つけるんだ、ファラミア。」
「だからどうしてそうなるんです?私だって兄上の結婚を見届けてからだと決めていたのに。」
「何故お前が?」
「弟だからです。」
「・・・・」

 数秒ほど沈黙が流れた後、2人は声を出して笑った。
「ハハ・・ファラミア、この話はここまでにしておこう、どうやらラチが上がらないようだ。」
「賛成です。で、これからどうするんですか?」
「うーん・・迂闊に外に出ると見つかるからなあ。」
「ここで1日のんびりする、というのはどうです?」
「・・・そうだな、たまにはそういうのもいいだろう。しかし、邪魔ではないか?」
 ちらりと読みかけの本を見ながら聞いた。
「私の事ならお気遣い無く、たまには兄弟水入らず、というのもいいでしょう?」
「ああ、では遠慮なく。」
 そう言うとボロミアは靴を脱ぐと、ファラミアのベッドに横になった。

「少し昼寝してもいいか?・・いきなり疲れた気がする。」
「・・・どうぞ、ごゆっくり。何なら子守唄でも歌いましょうか?」
「子守唄か・・それも悪くないな。・・・昔、寝付けないお前に歌ったことがあるのだが、覚えているか?」
「もちろん、覚えています。歌っている内に、そのまま眠ってしまったでしょう。朝起きたらすぐ側であなたが眠っていて、」
「驚いたか?」
「いいえ、嬉しかったです。」
「・・そうか、良かった。」


 優しい木漏れ日が部屋に落ちる。
 さあっ と穏やかな風が流れ、金色の髪をさらり と撫でた。

 開いた窓から静かな、懐かしい子守唄が聞こえてくる。
 それを聞いていたのはたった一人。 安らかな寝顔。

 しばらくすると、歌が途切れる。 また、風が凪いだ。
 そして、2つの金色をそっと 揺らしていった。

                                              おわり

あとがき

 ハイ、キリリク小説第一弾です。1300を踏んで頂いた、深山様のリクエストで、『成人執政兄弟・ほのぼの』でゴザイマス。い、いかがでしたでしょうか?ご期待に添えていればいいのですが。
 やっぱり幸せ兄弟を書いているのは楽しいです。さらに、ボロミアをからかっているファラミアを書いているのも楽しいです。ファラミアは、部下の前では厳しいけれど、兄の前ではにゃんこというのが自分の理想です(笑)
 ボロミアは長男であの年ですので、お見合い話の一つや二つあってもおかしくないなあ、と。でもデネソールもきゃわゆい息子を手放すのが何となく惜しいんで、あまり積極的ではない、ということにして下さい。ファラミアも兄が結婚するまではしないとか言ってますが、本音は、何とか兄を嫁に出さず、モチロン自分も結婚する気はさらさら無く、いつまでも兄を独り占めしていたいなあ、と思っているに違いありません。・・・あくまでも私の希望です(笑)あ、あの後お見合いは丁重にお断りしました。皆ホッとした事でしょう。・・・ボロミア=アイドル説推奨ですので。(チャプター41・TTT)
 人様のリクエストで小説を書く、というのもなかなかやりがいがあって、楽しかったです。・・・ちなみに、昼寝をしてもいいか、と聞かれて、『・・・どうぞ』と答えるのに間があったのは、ボロミアにいきなりベッドに横になられて、少し動揺していたからです(笑)。その位の深読み込で読んで頂ければ、また違う楽しみが出来るのではないでしょうか。脳内でショーン@ボロミア、デビット@ファラミアに変換して楽しむのもまた一興。  そして最後は、2人して眠ってしまったとお考え下さい。兄をからかうのも、一緒に添い寝してあげられるのも、ファラミアだけの特権でしょう。・・・何か本気でうらやましく思えてきました。この、ブラコン・ブラザース!!
 深山様、リクエストありがとうございました!!