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193×年。N.Y、北マンハッタン、西87番通りの褐色砂岩造りのビルの一室。 そこはクイーン親子のアパートメントであった。 今日は日曜日、天気も良く、暑すぎず寒すぎもしない、まさに《理想的な休日》の名に相応しい一日だった。 リチャード・クイーン警視にとっても久々に心から休む事のできる一日である。・・・センターから緊急の電話がかかってこなければの話ではあるけれど。 夕べも仕事で夜遅くまで起きていたクイーン警視は、今日の休日を本当に楽しみにしていた。 日頃の行いのせいか、忌まわしい電話のベルは響かず、彼は久しぶりにゆっくりと思う存分眠る事ができたのであった。 幸せな気分を噛み締めながら、警視はガウンを羽織ると居間へ向かった。きっとジューナが美味しい朝食とコーヒーの仕度をしているに違いない。そうして警視はドアを開けた。 ・・・が、そこには誰もいない。 「おい、ジューナ。おらんのか?」 キッチンの方へ声をかけてみるが、反応が無い。テーブルの上には何も乗っていないし、キッチンからはフライパンの音も、野菜を刻む音も聞こえてこない。唯一、コーヒーの香りが漂っていたのが救いだった。 「ああ、親父さん、お早うございます。今日はまたごゆっくりですねぇ。」 キッチンからひょいっと顔を覗かせたのは彼の息子、エラリーだった。 「今日は休みだ。ワシだって休日を楽しむ権利はあるだろう?それより、ジューナはどうした?」 「ジューナにも休日を楽しむ権利はありますよ。今朝方、今日は自由に遊んできていいと言っておきました。」 「じゃあ、ワシの朝食はどうなるんだ?」 仰天してクイーン警視が声を半トーン上げると、エラリーがキッチンの方からから湯気の出ているコーヒーカップを持って現れた。御丁寧にエプロンまで着けている。 「まあ、まあ。朝食くらい、僕がお作りしますよ。」 そう言ってにっこり微笑むと、父親の前にコーヒーを置く。クイーン警視は息子を見上げた。 「おい、エラリー。一体何を企んでるんだ?」 「企む、なんてイヤだなぁ。たまの休みくらい、親孝行してあげようという善良な息子を疑ってるんですか?」 「何年お前の父親をやっていると思う?何となくわかるんだよ。」 「まァ、そうおっしゃらず、今作りますからちょっと待っててください。」 そう言ってエラリーは再びキッチンへと姿を消した。 彼は自分の息子を不思議に思った。 どうひいきめに見ても、息子はいつもの息子ではない。何かを企んでいる様子だが、それが一体何なのか、今の所は想像できない。 それにしても、エルが料理をするとは! やはり何かあるに違いない。 警視は新聞を開き、コーヒーを一口すすった。 窓から差し込む日の光とコーヒーの香り。そして台所から聞こえてくる調理の音。 懐かしい。 クイーン警視は久しぶりに、本当に久しぶりに昔の自分を思い出した。 キッチンで料理をする妻。久しぶりの休みの日にコーヒーをすすりながら息子のニコニコ顔を眺めている自分。 ああ、あれは一体いつの頃だったろう。今はなぜか遠い、遠い、まるで夢の中の出来事の様な、そんな光景だった。 「・・・・さん、・・・お父さん!?」 クイーン警視は息子の声で我に帰った。 「どうしたんですか?ボーっとして。まだ寝ぼけているんですか?」 どうやらコーヒー片手に想い出にふけっていたらしい。 「あ、いや。ちょっと考え事をな。」 そう言ってテーブルに目をやると、そこにはエラリーの作った朝食が並んでいた。 スクランブルエッグ、カリカリのベーコンにボイルしたソーセージ。付け合せにはポテトサラダ。 トースト、バゲット、サラダにデザートのリンゴ(ウサギ型)まで付いている。 クイーン警視は目を丸くしてそれらを見つめた。 「エル、お前がホントに作ったのか?」 「僕だってコレくらいできますよ。」(←ちゃんとジューナに教わった) 「そうか。・・・・じゃあ、いただきます。」 「ドウゾw」 食事は満足のいくものだった。いつもより美味しいとも思った。 素晴らしい朝食をたいらげた後、警視は読みかけの新聞を片手にソファに腰かけ、二杯目のコーヒーをすする。 食事の後片付けが終わったエラリーが自分用のコーヒーを片手にキッチンからやってきた。 「で、父さん。本日のご予定は?」 「うん? いや、特に考えとらんよ。」 新聞から目を離さずに答える。エラリーがしめたとばかりに顔を輝かせた。 「じゃあ、これからちょいと出かけましょうよ。」 「うん?」 新聞から息子へ視線を移す。 「頼むよ、エラリー。今日は一日何もせず家でのんびりしていたいんだ。」 気だるそうな声。だが、この日のエラリーはちょっと違った。 「息子である僕からの頼みです。パーク辺りに散歩に行きましょう。あそこならのんびりできる。」 「うーん。。。。」 今ひとつ乗り気になれない様子で言葉を濁す。そんな煮え切らない父の態度に思わずムッとするエラリー。 「 ! 」 新聞を読んでいる警視の両側から不意に すっ と二つの腕が伸びてきた。ソファ越しにエラリーが抱きついている様な姿である。 「・・・お父さん、たまには仕事抜きで一緒に過ごしましょうよ。」 まるで小さな子供が何かをねだる様な口調でエラリーが小さく呟くように言った。 これにはクイーン警視も驚いた。 まだこれが娘だったり、プライマリー位の子供なら構わない。だが、今や自分の背丈を超え、いい大人になった息子にこんな事をされると・・・・さすがに照れる。 「・・・エル、一体何のつもりだ?」 恐る恐る聞いてみる。 くすりと笑ってエラリーは腕を回したまま ひょい とソファーを飛び越え、父の隣に座るとようやくその腕を放した。 「あのですね、父さん。」 父親と目を合わさずに話し始めた。 「・・・・今日の僕はどうかしてるんですよ。この陽気な天候のせいかもしれない。・・・その、ですね、今日はアレなんです。普段、事件の最中や執筆中には関止めしている感情が、今日急にあふれ出してきてるみたいなんです・・・・ダムの様に。」 「感情?」 「ええ。何て言うのかな、世間一般の人達や家族の様に、遊びに行ったり、散歩に行ったり、ピクニックに行ったり・・・。小さい頃はそういった事がほとんどなかったでしょう?あの時は大人ぶってて平気な顔してたけど、実はうらやましかったんですよ。クラスメイトの話を聞く度にうらやましく思ってたんです。その内母さんが死んで、ますますそんな事言ってられなくて・・・・」 クイーン警視は新聞にすっかり興味を失い、ゆっくりと言葉を紡ぐ息子を見ていた。その視線にわざと気がつかないようにエラリーは話を続ける。 「・・・・その内大人になって、そういう気持ちは忘れてたと思っていたんです。でも、違ってたらしいや。どっかにそういうヤツを押し込めてたみたいだ。それがいつの間にか気づかない内にぎゅうぎゅうに、いっぱいになってたみたいで、それで、それが今日、一気に爆発したみたいで・・・」 一息入れるエラリー。 「・・・ねえ、お父さん。僕だって血のかよった人間ですよ。・・・普段はあんな風だけど。だから、たまに、こういう気分になったっていいじゃあないですか。」 ここまで言うとエラリーは息をついて父親の方をちらりと見た。 互いの視線が数秒合う。彼にしては珍しくバツの悪い、恥ずかしそうな表情をしている。 クイーン警視は無言のまま新聞をたたみ、立ち上がり自分の部屋に入っていった。 「・・・・・」 数分後、私服に着替て出てきた父親を見て、エラリーの顔がパッと明るくなる。 「おい、エラリー、何をボサっとしてる。出かけるんだろう?」 「・・・はい!」 エラリーは目を輝かせながらエプロンを外した。 街中を歩いている途中、警視は先ほどの事を思い出した。 まさか、あのエラリーがこんな事を言うなんて思ってもみなかった。すっかり大人になって可愛気も無くなったと思ってたら。 さっきのエラリーのあの顔。 自分の思い違いだった。エラリーは今でも私の子供だった。もちろん、これからもずっと。 「エル。」 「はい?」 「さっきの、その、話だがな。昔の事は悪かったと思っとるよ。気づいてやれなくて・・・」 「そりゃ、気づかれない様にしてましたから。」 ひょうひょうと答えるエラリー。さっきのしおらしい態度はどこへやらだ。 「お前、さっきとだいぶ態度が違うじゃないか・・・」 腑に落ちないまま並んで歩く2人。その後セントラルパークを散歩して、ホットドッグとコーヒーの昼食をとり、キャブでバッテリー公園まで行くと、久々に近くで そうこうしている内に日が暮れる。 小洒落たバーで軽く酒と食事をした後、2人は家へ向かって歩いていく。 「いやー、楽しかったな。ねえ、父さん。」 「まあな。」 「ねぇ、お父さん、また行きましょう。血生臭い事件だとか、物騒な殺人とかそういうのは抜きにして、親子を楽しみましょうよ。」 親子を楽しむ。 そうか、エルはそれがしたかったのか。・・・そして、恐らく、自分も。 「そうだな。そういう暇があればの話だがな。」 不意にエラリーが手を繋いできた。 久しぶりに息子の手を握った。 息子の手は以前よりも大きく、厚みが増している。 父親の手は思いのほか小さく、硬い感じがした。 親子日和。 ふと、そんな言葉がエラリーの頭に浮かぶ。 自分の書く小説向きじゃあないな。そう、エラリーは思った。 だけど、だからこそ、大事にしなくては。 「おや、お父さん。しばらく手を繋いでいない内に少しばかり縮みました?」 イタズラっ子の様な顔と口調でエラリーが言う。 「何だと!?」 警視は手を放すと、急ぎ足で歩を速める。 「あ、ちょっと、親父さん!」 早足でエラリーが追いかける。 「わしが縮んだんじゃないぞ。お前が勝手にデカくなったんじゃないか。背丈もいつのまにかワシを追い越して・・・」 「それは僕のせいじゃないですよ。 「そんな事わかっとる!」 言い合いながらアパートの階段を上っていく。 「・・・エル。」 「はい?」 ドアノブに手をかけながらリチャードは口を開いた。 「・・こういう休日も、いいもんだな。」 本日一番の優しい声。 「でしょ、お父さん!」 笑顔で父の背中を押して家へ入って行った。 今日は最高の親子日和。 おしまい |
後我来 ええと、エラリー・クイーンの親子劇です。 このサイトに来る方で、エラリー・クイーンを知る人はどれ位いるのでしょうか・・・ 実はこの小説、2,3年前に書いたものです。丁度その頃ホームズやらポアロやらのSSやマンガを描いてたもので。 ホームズを好きな要素のひとつに、ホームズとワトスンの会話というものがあります。クイーンシリーズでは、エラリーとリチャードさんの親子劇というのが好きポイントのひとつなんですよ。 一応クイーンものは大体読んでいるのですが、ホームズほど詳しくありません。この2人の年齢とか、年の差とか、お母さんが死んだ原因、死んだ年、エラリーが生まれた年などなど実はまだわからないことの方が多いんですよ。 とはいえ、クイーンは小説の他に、ミステリーに関する文献を多々書いているんで、そちらの方も魅力的なんですよねー。クイーンの書くホームズパスティーシュを読んでみたかった・・・(書いてはいるんですがね。ジューン・トムスンものみたいにどっちゃり読んでみたい・・・)←ああ、この会話、どれだけの人がついて来れるんだろう!! で、なぜ今更クイーン小説をアップしたかというと、先日行ったインテで、クイーンサークルさんを見つけまして、ちょっとお話したら自分と同じ趣味の方で(リチャードさん好き、本の登場人物を見て、リチャードさんがいるかどうかのチェックをまずする・・・など)嬉しかったので、つい、アップしました。 これまた面白いシリーズなので是非、読んでみて下さいw |
《オマケ》 「しかし、アレだな。」 「何がですか?」 「ウチの名探偵はどこぞの名探偵と違って出歩くのが好きだなあ。」 「・・・まあ、彼に比べればね。」 「まあ、そのおかげで色々助かっとるんだがね。」 「・・・シャーロキアンの人に叱られますよ、そういう発言は。」 「コレを言わせてるヤツも《自称》シャーロキアンだぞ。まあ、腐れてとるがな。」 「・・・」 |