「博士!メリック博士。」 「何だ?騒々しい。」 施設内の私室でメリックが調べものをしていると、管理室から連絡があった。 「急患です!6・エコーが急な腹痛を訴えています。」 「今夜の当直医はどうした?」 「丁度さっき、産気づいたプロダクトが出たのでそちらに全員出払っています。」 「・・・わかった。すぐ行く。彼を診察室まで運んでおいてくれ。」 「了解しました。」 やれやれ、とメリックは入り口にかけてある白衣を羽織ると足早に部屋を出た。 「・・・また6・エコーか・・・」 呟きながら静まり返った施設を歩く。 リンカーン・6・エコー。彼は度々メリックの世話になっていた。 身体は30代の男性だが、施設で生まれてまだ1年弱。知能的にはまだ10歳程度の、文字通り体は大人で子供の知能を持った「プロダクト」のひとつであった。 同じエコー世代の中でもひときわ元気で腕白な成長をしているリンカーンは、度々問題を起こしている。他人のおかずを取ったり、ベーコンが欲しいとわめいたり、ゲームに負けた腹いせに機械を投げて壊したり、俗に言う「問題児」の一人だった。 どの世代にもこの類の問題児は必ず一人はいるもので、リンカーンはエコー世代の問題児であり、メリックや関係者はその度に頭を悩ませ、処置に当たっていたのである。 この手の「問題児」は現実の人間と同じ様に、カウンセリングを重ね、ゆっくりとひとつずつ問題を解決する事が時間はかかるが確実な方法であるとメリックは考えていた。 あれこれ考えている内に、メリックは自分専用の診察室に辿り着く。自動ドアをくぐると、そこに当直のスタッフがいた。 「メリック博士、緊急な事で申し訳ありません。」 「かまわない。で、6・エコーの容態は?」 「10分ほど前に6・エコーのバイオリズムに異常がありました。各種の数値から判断し、腹痛と判明。その、原因は恐らく食べすぎかと思われるのですが・・・」 「食べすぎ?」 「ハイ。夕食前と後で、体重が1キロほど増えています。通常の食事ならばそこまで増量はしません。」 食べすぎでお腹を壊した。 メリックは ふう。 とため息をつき、とりあえず重い病気の類ではない事に安堵する。 「わかった。後は私が引き受けよう。君は監視の方を続けてくれ。それと、念のため本社の方から医者を一人呼んでおく様に。」 「了解しました。」 そう言ってスタッフが部屋を去る。 メリックは診察様のベッドのある小部屋へ入った。 清潔な白いシーツの上に、うずくまるように横になっているリンカーン。 「リンカーン、具合はどうだい?」 「・・・イタイ。」 どこか不機嫌そうな声。 「どの辺が痛いのかな?場所によって飲む薬が違ってくるんだよ。」 優しすぎず、厳しすぎない、程よく低いトーンの声。 眉をひそめながらゆっくりとこちらを向くリンカーン。 「・・・ココ。」 そういって指差したのは下腹部。丁度胃の辺りだろうか。 メリックは聴診器をつけ、背もたれの無いストールを引き寄せる。 「リンカーン、手を放して、ちょっとお腹を診るから。」 食べ過ぎが原因の腹痛という事はわかっている。しかし、医者が自ら診断し、処置を与えることは患者にとって安心感を与えるのだ。特に子供はそうだ。 そうしてメリックはリンカーンの上着をまくり上げ、聴診器を胸に当てる。普段より弱冠脈打つのが早い。 「・・・後ろを向いて。」 素直にごろりと向きを変える。リンカーンの白い背中に聴診器を当てた。 次にもう一度正面をむけさせ、腹部手を当てた。ひんやりとしている。 「痛むかい?」 ぶんぶんとうなづくリンカーン。その仕草は紛れも無く子供のそれだ。 見慣れているとはいえ、やはり不思議なものだ。 「だろうな。」 すっと手を放そうとしたメリックの手をリンカーンが がしっ と掴む。 「?」 「痛い・・・でも博士の手、あったかい。」 そうか細く呟くとメリックの手を自分の腹部に当て、気持ち良さそうに目を細める。 「・・・」 ここのプロダクト達はプログラム通りの生活を送っている。 与えられた服に、与えられた仕事、教育、娯楽。そして皆似たような表情をする。 だけど、「問題児」達は違う。過去に何体か現れた問題児達はその行動もそうだが、表情も違っていた。そこには持って生まれた、人が元来持ち合わせている「感情」というものが顕著に現れていたのだ。 このリンカーンもその一人。しかも、今まで見てきた「問題児」とはどこか違う。 何かプログラムに、生産過程に異常があったのか?それも気になるが、それ以上にメリックはこのプロダクト、リンカーン・6・エコーに興味を持ち始めていた。 「私の手が暖かいんじゃない。君のお腹が冷えているんだよ。どうしてこんな目にあったか、わかっているかい?」 「・・・・・」 メリックの手を腹に当てたまま、リンカーンは口をつむぐ。 「君には検討がついているんじゃないのかな?リンカーン。どうしてお腹が痛むのか。」 「・・・・」 「患者から病気の原因を聞かないと、薬が処方できないんだがな。」 静かに、諭すように話しかけるメリック。社長として、上司として彼を知る者が見たら驚くほどの態度だった。 「・・・・チョット、食べ過ぎた、かも。」 やがてぼそりとリンカーンが呟く。 「それはおかしいね、リンカーン。食事は各自の体調に合ったメニューが配給されるはずだ。それは多すぎでもないし、少なすぎるはずもない。なのに、どうして食べ過ぎる事があるのかな?」 「そ、それは・・・・」 再び口ごもり、下を向いてしまったリンカーン。 メリックは小さく息を吐くと、空いてる方の手でリンカーンの短い金髪に触れた。ぴくりと体を震わせるリンカーン。 「リンカーン、こっちを向きなさい。いいかい?君は今お腹が痛くて苦しんでいる。それには必ず原因があるはずだ。その原因は何か?もしかしたら与えた食事に何か悪いものが混ざっていたのかもしれない。それは食事係のミスだ。私はこの施設の責任者として彼らを罰しなければならない。配膳の係りが量を間違って君に与えたかもしれない。そうしたら私は配膳係を罰しなければならない。・・・もし、彼らが本当にミスをしていたのならね。」 透き通るような青い目を一杯に開きながらリンカーンはその声を聞いていた。 「もし、もしも君が何か隠していたり、ウソをついたりしていたら、そのせいで何も悪い事をしていない人が・・・嫌な目に合うんだ。私の言っている事が、わかるかい?」 「・・・はい。」 ゆっくりと、申し訳無さそうにリンカーンがうなづいた。 「ごめんなさい・・・隣にいたヤツから、もらいました。その、ゲームでボクが勝ったら夕食の時に好きなおかずをもらうって、約束して。」 「それで食べ過ぎて腹をこわした、つまりそういう事だね。」 「はい。ごめんなさい、メリック博士・・・」 しゅん、と今度は悲しげに目を落としたリンカーン。 その姿を見てメリックは少し笑いながらその前髪をくしゃりと握る。 「よく言ってくれた。リンカーン。だが、そういう遊びはよくない。毎日の食事も君たちの健康の為に献立や量を考えてやっているんだ。多すぎても少なすぎてもいけない。」 「わかった。もうしないよ、約束する。」 「・・・よし。良い子だ。」 そう言ってメリックは小さく笑った。 滅多に見れないメリックの笑顔にリンカーンは一瞬痛みも忘れて嬉くなった。頬にわずかに赤みが射したのをメリックは気がつかない。 だが、 「だけど、リンカーン。規則を破って規定以上の食事を摂取した事、ゲームを間違った方法で使った事。これに対して君に罰を与えないと。いいね。」 「ええー!!」 「3日間、3時のティータイムは無し。」 「うえええーーー!!」 さらに声高々に悲鳴をあげるリンカーン。さっきまでしゅんとした人間が3時のオヤツ抜きを宣告されただけでいきなり元の調子を取り戻した。そんな様子を見てくすりと笑みを漏らすメリック。 驚いた拍子でリンカーンが手を放したその隙に、薬棚へ行くと腹痛の薬を取り出す。 慣れた手つきで薬を出すと、手早くオブラートで包み、冷蔵庫からミネラルウォーターを出すとコップに注ぐ。それを小さな銀のトレイに載せてリンカーンの元へ持って来る。 「さ、飲みなさい。念のため明日一日は薬を飲むように。部屋に届けさせるから食前に摂取する様に。わかったね。」 「は〜い・・・」 しおれた返事でリンカーンはトレイの上の薬を水で流し込んだ。 「これで痛みは無くなる筈だ。さ、部屋に戻りなさい。・・・・私が送っていこう。」 そう言って二人は診察室を出た。静かで位施設内でカツカツと足音が響く。 メリックは知り尽くした施設内を迷い無く進み、その半歩ほど遅れてリンカーンが歩く。実を言うと、夜の施設内を歩くなんて初めてだった彼は暗闇が少し怖かったのだ。 「昼とは・・・何か違うね。ちょっと不気味だな。」 「夜に外を歩くなんて、滅多にない事だからな。大丈夫、何も無いよ。・・・ん?」 白衣が引っ張られる感触がしてメリックが横を向くと、その裾をリンカーンが握っていた。 「あ、その、部屋に着くまでこうしてて・・・いいかな?」 少し照れくさそうに話すリンカーン。 「・・・・別に、かまわない。」 「良かった。ありがとう、博士。」 あっけにとられながらも、はにかみながら白衣の裾を大事そうにぎゅっと握るリンカーンを見て、口が緩む。 「・・・まったく、キミには驚かされてばかりだな。」 「え?」 「いや、こっちの事だ。」 そうしてエレベーターに乗り、廊下を渡って、リンカーンの部屋の前に着く。 リンカーンは手首のブレスレットでドアを空け、中に入った。ベッドの前まで着くと、そこでようやく白衣の裾を放す。靴を脱いでベッドに入るとニコニコしながらメリックを見上げた。 「送ってくれてありがとう、博士。おやすみなさい。」 「ああ、おやすみ。明日になってもまだ痛むようなら言いなさい。」 「はい。」 その返事を聞くと、メリックはもう一度リンカーンの頭を撫でて、部屋を出た。 どうも6・エコー、リンカーンといるといつもの調子が狂う。なぜか良い人でいようと思ってしまう。・・・いつも以上に。 いや、製品に対して興味を持つのは生産者として決して悪い事ではない。そう、当たり前の事なのだ。 でも、どうしてだろう。彼は私にとって製品のひとつなのに、なぜか気になる。理由は、わからない。 こんな事をぐるぐると考えながらメリックは私室に向かって歩いていた。 一方、リンカーンは薬を飲んで眠くなるはずなのに、なぜかわくわくして眠れずにいた。 ティータイムが抜きなのは残念だけれど、それ以上の収穫があった。 メリック博士に診察してもらい、たくさん話をして、頭をなでてもらった。そして部屋まで送ってもらった。 こんな事をしてもらったのは自分くらいだろう。リンカーンはそれが誇らしかった。 どういうわけか知らないけれど、彼はメリックの低い声を聞くのが好きだった。普段は忙しくて殆ど接する事が無い人だけれど、こうして何か大変な事をすると博士が来てくれる。 明日、まだお腹が痛む、と言ってみようか。そうしたらまた博士が診察してくれるかもしれない。また何か話ができるかもしれない。 そんなとりとめもない事を考えながら、リンカーンはゆっくりと 眠りにおちていった。 END |