ある日の昼下がり、ジョン・コンスタンティンは教会を訪れていた。 友人であり、神父でもあったマックスが先の事件で命を落としてしまったので、悪魔に関する情報を得るために、彼は時折教会へ足を運ぶようにしているのである。教会にはこういった情報が転がり込んでくるのだ。特にここは巷で噂の美麗なカウンセラーがいる事で知られている。 粉雪のような白い肌と春の陽の様な輝きうねる髪、静かな湖畔の様なブルー・アイと中性的な顔立ちと声・・・その人に悩みや不安を話しにやってくる人が後を絶たないのである。 その人物と因縁浅からぬジョン・コンスタンティンは眉間に深いシワを寄せて教会へ入っていく。 「それで、何か面白い話はあるか?」 長い脚を組んで神父と向かい合う。 「私の方では貴方にお話しするような事はありませんが、彼の方には何かあるかもしれません。」 ”彼”という言葉にピクリと眉が動く。 「最近は、特に若い人が彼の元へ様々な相談事を持ちかけてきますから。」 「アンタは仕事をかっさらわれたってワケか。」 「いいえ。彼のおかげで私も自分の仕事に専念できます。・・・Mr.コンスタンティン、悩める人は意外に多いものですよ。」 「・・・それで、ヤツは今何をしてる?」 すると、神父は少し困ったような顔をした。 「それが、今朝からキッチンにいるのですが、入ったきり出てこないのです。」 「キッチン?」 「ええ。なのでちょっと様子を見に行って頂けないでしょうか?」 そうしてジョンは渋々とキッチンへ向かう。そしてノックもせずに扉を開けるとずかずかと中へ入った。 「・・・何だこりゃ?」 中の様子を見て唖然とした。 広々としたキッチンは荒れていた。 調理器具が台や床の上に散乱し、様々な食品やそれを入れていた袋やらラップが散らばっている。汚れた食器が水場から溢れ、辺りには何とも言えない臭いが充満している。もちろん、換気扇は回っていない。 そんな中、誰かがテーブルの上に突っ伏していた。 「ガブリエル?」 返事は無い。 「おい、ガブリエル、聞こえてるのか?」 それでも彼はピクリとも動かない。 「!」 ジョンは少し慌ててテーブルの側に駆け寄って、ガブリエルの体を揺さぶった。 「おい、どうしたんだ?」 体を起こして揺さぶり続けると、ガブリエルはようやく目を覚ました。 「…・・・やあ、ジョン。久しぶり・・・」 どこか焦点の合わない眼で、ガブリエルはジョンの方を見た。 「・・・一体何なんだ、この有様は?」 「その前に、水をくれないかな?」 グラスに注がれた水を一気に飲み干し、一息つく。 「ふう、落ち着いた。ありがとう。」 「で、さっきの話の続きだが。」 「ああ、これかい?話すと少し長くなるんだけど、この間相談を受けたある母親から、お礼にケーキをもらったんだ。昔は別に何も食べなくても生きていけたけど、今はそうもいかないでしょう?だからケーキなんてほとんど食べた事がなかったんだけど、そのもらったケーキがすっごくおいしくてね。」 その味を思い出して、うっとりとするガブリエル。 その姿はその辺にいる若い女性と何ら変わりない(様に見える)。 だが、すぐに顔を曇らせ、今や元の面影薄いキッチンを振り返る。 「だから、自分でも作ってみようと思って朝からここにこもってたんだけど…見ての通りだよ。」 「料理できないんだな、お前。」 「そうみたいだね。食事はいつも教会の人が作ってくれてたし。」 「これを片付けるヤツの身にもなってみろ。迷惑この上ないぞ。」 「…自分でやるさ。」 ガブリエルはよろりと立ち上がると、床に散らばった用具を拾い始めた。 これら全部を拾って洗って拭いて…床もキレイにしなければいけないし。 果たしてどの位の時間と労力がかかるか想像して溜息をつく。 ガタッ 後ろで物音がしたので振り返ると、ジョンが渋い顔で嫌そうに床に転がっているボウルを拾っていた。 「・・・?どういう風のふきまわしだい?」 「手を止めるな。こっちはお前に話があるんだ。コレが片付くまで待ってられない。出直すのも面倒だしな。」 「へぇ・・・」 目を丸くするガブリエル。 しばらく無言で2人は作業をする。 日が沈む頃になって、ようやくキッチンは元の姿を取り戻した。 「ああ…疲れた。」 そう言うとテーブルの上に突っ伏すガブリエル。 「お前な、一応人間として暮らすんだから、料理だけじゃなく家事の勉強位しとけ。てんでなってないじゃないか。」 2人で片付けたとはいえ、実作業は断然ジョンの方が多かった。これも長年の1人暮らしの賜物だろう。 「まあ、その内慣れるよ。多分。」 「慣れるじゃなくて練習しろ。」 「わかった。善処する。」 そうしてジョンは断りも無く冷蔵庫を空け、発泡酒の缶を見つけると断りも無くフタを空けて飲み始めた。手伝った報酬という事だろう。 「ねえ、ジョン。」 「何だ。」 「私の事が心配なんでしょう?」 「!」 思わずむせ返る。 「何寝言言ってやがる?」 「1度は自分を殺そうとした相手に、ここまで優しくできる?」 「−・・・馬鹿馬鹿しい。」 そう言って缶の残りを飲み干すと、上着をひっかけて出て行こうとするジョン。 その背中をガブリエルが掴むと、ジョンは上半身をひねった。 やや視線を落とした所に端正な顔があった。端正なだけではない、何か一級の−そう、まるで神の作った−芸術品の様な、美しい造詣。 ほんのわずかな一瞬、その芸術品にみとれている内に、うっすらと空いた口の端に冷たいものが押し付けられた。 ぺろり 「なっ!!テメェ!!」 反射的に飛びのいていた。 「今日はありがとう、ジョニー坊や。でもね、冷蔵庫の物は私の物じゃないから、一言言ってから手をつけてほしいな。」 涼やかな笑顔。 「Ass Hole !!」 そう叫ぶとジョンは足音高く、キッチンを出て行く。 どうやら顔が火照っているらしい。だが、口の端だけやたら涼しい。 「Shit ! …何でこんなにイライラするんだ?クソッ!」 顔が熱いのはアルコールのせい。 そう思う事にしながらも、怒りは収まらない。怒っているクセに、あの柔らかな舌の感触を何故か思い出してしまい、ますます腹が立っていた。…そんな事に腹を立てる自分にすら腹が立つ。 キッチンに取り残されたガブリエルは満足そうに微笑んでいた。 その笑顔は、楽しいオモチャを見つけた子供のそれと良く似ている。 ふと、彼はキッチンにある十字架が描かれているステンドグラスを見上げた。 神とルシファーの間に割って入るつもりは無いけど、少しおこぼれに預かる位はいいだろう。 「ねぇ、アナタだって悪い気はしないでしょう?ジョン・コンスタンティン。」 END |