静かの森の月明かりの下



  彼らは三日三晩、走り続けていた。
  オークに連れ去られた仲間を助ける為に。
  しかし、オーク達は既にローハンの騎士達によって退治され、肝心のホビット達は行方知れず。
  二人を追って森へ入った一行は思わぬ人との再会を果たす。
  白のガンダルフ −モリアの洞窟で奈落の底へ落ちていった魔法使いであった。
  彼からホビット達の無事を聞き、この日一行はようやく休む事ができた。

 ―その夜―
  パチパチと火のはぜる音がする。その炎をアラゴルンは身動きせずに見つめていた。
 「休まないの?エステル。」
  闇の森の王子がアラゴルンにエルフ達の呼び名で声をかけた。
 「ん・・・?ああ、ちょっと寝付けなくてな。」
 「あんなに走ったのに?見てよ、ギムリは疲れすぎていびきすら今夜はかいてない。」
  そう言って笑いながらレゴラスは、とうの昔に眠りについたドワーフに目を向ける。
  思わず微笑をもらすアラゴルン。
 「ガンダルフはまだエント達と話をしてるみたいだし、私もそろそろやすむけど、君も早く寝た方がいい。明日はもう出発するんだから。」
 「ああ、わかった。」
  ふう、とひと息ついてレゴラスは横になり、マントをかぶった。しばらくするとそのマントが規則正 しく上下に揺れる。
  今夜はガンダルフとエント達のおかげで寝ずの番をする必要がない。早々に寝て明日の、これからの為に鋭気を養わなければならないのに。そうだとわかっていても、アラゴルンはどうしても 寝付けなかった。その理由も良く知っている。

  ふと彼は立ち上がり、森の奥へと歩いていった。特に理由はない。何となく、歩きたかったからだ。少し歩くと木々のない所に辿り着いた。
  そこには空をさえぎるものがなく、月光が静かに射している。

  アラゴルンは月を見た。

  何日か前にも月夜の晩に、立っていた。ボロミアと共に。
  あの時私は彼に何と言った?
 『お前の故郷に指輪は近づけんぞ!』
  もっと他に言い様があったろうに。なぜあんなに感情的になったのか。
  アラゴルンは地面に崩れるように膝をついた。拳を地面に叩きつける。
 「お前の故郷・・・?何を馬鹿な事を。私の・・・私が治めるべき国ではないか。・・・」
  低く、かすれた声。
 「それを・・、それなのに・・!」
  二度、三度拳を叩きつけると、アラゴルンはがっくりとうなだれた。
  そして、

 「・・・ボロミア・・・」
  喉の奥から声が漏れる<。
  無意識の内に彼の、ボロミアの形見として身に着けている手甲に触れ、そしてしばらくの間身 動き一つしないでいた。

 「顔を、上げてほしい・・・」
 「!?」

  不意の、しかも良く知った声にアラゴルンは顔を上げた。
  月明かりが眩しい。 そこには、いるはずのない人がいた。うっすらと、月明かりに透けている。
 「ボロミア!?・・・」
 「ああ。」
 「・・しかし、なぜ?お前は・・」
  珍しく慌てた様子のアラゴルン。
 「私にも、わからない。私は死んだはずなのに・・。気がついたらここにいたのだ。」
  しばらくの間、彼は目の前に現れたその人を見つめていたが、再び膝をついた。
 「すまない、ボロミア。お前があんな事になったのは私のせいだ!私が・・決心できないでいたから。もっと早い内に決心していたら、あんたはあんな事にはっ・・」
 「・・アラゴルン、違う、あなたは悪くない。」
  そう言うとボロミアも膝をついた。
 「私は、私が弱かったのがいけないのだ。元々私は心のどこかであの指輪を手に入れようと思っていた。指輪はそんな私の背中をそっと押しただけ・・すべては私の意志の弱さが、あれの誘惑に勝てなかった私が悪い。」
 「いや、違う。あの時点でフロドは別として、お前が一番負っているものが大きかった。ゴンドールを救わねばと気負っていた。本来ならば、・・私が背負うべきものなのに。なのに私は背負うどころか拒否した。逃げたんだ。その重荷から・・・ずっと。ずっと後悔しているんだ、ボロミア。ロスロリアンでいつか共に都へ帰ろうといわれた時、返事が出来なかった事。アンドゥインを下る途中でゴンドールに指輪は近づけさせないと怒鳴った事。私の言葉がお前の希望の火を消したのではないかと・・・」
  今まで言いたくても言えなかった懺悔の言葉が一気に溢れ出す。
 「・・アラゴルン・・」
 「今だからわかるのだ。指輪がここに無い今なら。私は指輪を守るという大義名分を掲げることで指輪の誘惑に耐えていたのだ。それで目を向けるべきものから目を背け、お前を不用意に傷つけた。私も、弱い、死すべき運命の人間だったんだ・・・」

 顔を伏せ、わずかに体を震わせているアラゴルン。ボロミアは彼の懺悔を只、静かに聴いていた。やがて目の前の彼に微笑を浮かべ、ゆっくりと首を振る。
 「・・・アラゴルン、エルロンド卿の館で会った時、私はゴンドールに王はいらない、と随分失礼な事を言った。あなたに嫉妬していたんだよ。父の後を継いでゴンドールを治めるのだと、小さい頃からそう考えてたから。だからいきなり現れた王に、あなたに嫉妬していたのだ。でもロスロリアンで言った事は真実だ。いつか一緒にあの都に帰れたら。そう思った。」
  やや目を伏せて、懐かしそうに、いとおしそうに思い出しながら語る。
 「私はゴンドールが好きだ。あの国の人々も、父も、弟も。だから彼らを守る為ならば死すらいとわない。」
  二人の視線が交差する。

 「意義ある生を、悔い無き死を。 そう、常に思っていた。」
 「!」
 「志半ばで死んだ事に悔いが無いと言えば嘘になる。しかし私は、自分の生は意義あるものだと思っている。」
 「・・意義?」
 こくりとボロミアはゆっくり、力強くうなづいた。
 「私は過ちを犯した。これは変えようのない事実なんだよ、アラゴルン。私が過ちを犯した。しかし、最期にその過ちを償う事が出来た。そして何よりも、あなたが決意してくれた、アラゴルン。ゴンドールに還ると。それだけで私の生は意義あるものとなった。」
 「・・・ボロミア。」

  つう と涙がほほを伝う。
 目の前の相手に触れようとしたが、その手は空をつかむ。
 「・・アラゴルン、あなたにそんな顔をされると私も辛い。確かに私は死んだ。しかし、どういうわけか私は今ここにいる。」
 「私も不思議に思ってる。どうしてここに?」
  どうして、それは2人にはわからない。
  なぜボロミアがここに?古の森の起こした奇跡なのだろうか。
 「・・わからない。だが、私はまだ冥界に招待されていないらしい。だから、アラゴルン、私はあなたの側にいようと思う。」
 「!?」
  突然の事に驚きを隠せない。
 「恐らく、私は見届けるべきなのだろう。」
 「見届ける?」
 「旅の仲間(the fellowship of the Rings)の一人として、そしてあなたに忠誠を捧げる者として。 アラゴルン、我が王よ。私は指輪がこの世から消え、中つ国に平和が訪れるまで、あなたが王としてゴンドールへ還るその日まで、私はあなたと共にいたい。あなたがミナス・ティリスの白い都をエクセリオンの塔を再び目にするその時、あなたの傍らでその光景を見ていたい・・・例え姿はなくとも、この魂はあなたと共にありたい・・」
  肉体を持たないはずのボロミアの瞳からきらきらと光る涙がこぼれ落ちた。
  次から次と、とめどなく流れ出る。
  アラゴルンはその滴を両の手で受け止める。彼もまた涙を流していた。先ほどの後悔と自責の涙とは違う、よろこびの、こころからの涙であった。

 「・・約束しよう、ボロミア。私は必ずこの中つ国に平和を。そしてゴンドールへ行こう。王として。そして共に見よう。お前の愛する国を・・・絶対に!」
 ボロミアの涙を受けた右の拳を強くにぎりしめ、左胸の前に持っていく。
 それに合わせてボロミアも同じ動作をする。
 「ああ、その言葉を今ここで聴くことができて良かった・・本当に。」
 「・・ボロミア・・」


  ふわっと風向きが変わった。ボロミアがふと天を仰ぐ。

 「・・どうした?」
 「・・時間が、来たようだ。」
  ボロミアの足元がうっすらと消えかかっていた。
 「行くのか?」
 残念そうにうなづくボロミア。
 「まだ、・・・もう少し・・」
  眉を歪めながらアラゴルンはボロミアのほほに触れる。もちろんその手は空を掻き、何の手ごたえもない。
 「・・アラゴルン、忘れないで欲しい。」
  そう言ってボロミアは自分のほほにあるアラゴルンの手をそっと包み込む。

  かすかな、本当にかすかな暖かみを感じた。

 「私の姿は無くとも、私は側にいるのだと、忘れないで欲しい・・。」
  そう言ってボロミアは目の前の人を見た。
 「忘れない、忘れるものか。」

  その言葉を聴くと安心したのか、にっこりと微笑んでボロミアの姿が消えた。
 「ああ・・・」
  声を漏らし、彼は空を見上げる。
  満月が泣きたい程にまぶしかった。

 「・・起きてよ。」
  レゴラスの呼ぶ声に目を覚ますアラゴルン。むっくりと体を起こし辺りを見回すと、そこは夕べの場所だった。見上げると眉をしかめた美麗のエルフの姿がある。
 「まったく、どうしてこんな所で寝てたんだい?朝起きてもいなかったからびっくりしたよ。」
 「あ、あぁ、すまない。」

  正直自分でも良くわからない。いつの間に眠っていたのだろう、記憶がひどく曖昧だ。
  もしかして夕べのあれは、夢・・・?と思い始めたら左胸のポケットに何かが入っているのに気がついた。
 「これは・・!」   それはガラドリエルからもらったリーフ型のマントの留め具だった。自分のは、もちろんある。メリーかピピンが落としたやつは・・それは彼のズボンのポケットに入っていた。
  では これは・・
 「夢ではなかった・・。」
  歩きながら小さくつぶやく。少し先を行くレゴラスがそれを聞きつけた。

 「夢がどうかしたの?エステル。」
 「・・!」

  その言葉にはっとして歩みを止めた。
 「エステル?」
 「・・アラゴルンだ。」
 「えっ?」
  思わず聞き返す。その時、アラゴルンの口は笑っていた。
 「『アラゴルン』。決めたよ、レゴラス。私はアラゴルンだ。エステルでもストライダーでも、もちろんデュナダンでもない。・・ずいぶんあるな。これらの名前にはそれぞれ想い入れもあるが、これからは私のことはアラゴルン、と呼んでもらえないか?」

  レゴラスはしばしアラゴルンをしげしげと見ていたが、やがて小さく微笑んだ。
 「決めたの?」
 「ああ。」
 「流浪の野伏はもう廃業かい?」
 「ああ、そろそろ定職に就く時期になったのでね。」
 「わかったよ、アラゴルン。ではその定職に就けるよう、微力だけれど力になるよ。」
 「・・ありがとう。」
  がっちりと握手を交わす2人。
  間もなくして野宿をしていた場所に戻ると、そこにはガンダルフとギムリがいた。
 「まったく、どこで寝惚けてたんだ?アラゴルン。」
 「いや、ちょっと森に迷ってね。」
 「その割にはさっぱりした顔つきじゃないか。いい目覚めだったらしいな。」
  意味ありげな視線を投げる。どうやら経験豊かなこのドワーフは察したのだろう。
 「・・ああ、今朝は清々しい、いい朝だ。」
  そう言って腰掛けた彼にガンダルフが朝食を差し出す。
 「ふむ、一晩の間に何やら色々あったらしいの。森の精霊にでも出くわしたか?」
 「いや、」
 焼いた茸を一口ほおばる。
 「・・月の女神が降りてきたんだ。」
 「ほう、それはそれは・・。」
  二人とも目だけで笑っていた。
  そんな二人をレゴラスとギムリは微笑を浮かべて見ている。

  やがて、出発の準備が整った。
 「さて、ガンダルフ、我々は何処へ?」
 「もちろんエドラスじゃ。何やら悪い事が既に起こってしまったらしい。我らが何とかしないと。」
 「では、エドラスへ!」
  一行は馬を走らせた。
  草原の上で太陽が一行を照らす。

  これから先、幾多の困難が我らに降りかかるだろう。
  多くの悲しみと辛さを味わうだろう。
  でも
  我々は一人ではない。仲間がいる。


    姿無き我が友よ、どうか我らに 祝福を。

                                   END


  あとがき
 と、いうわけで、溢れる愛がカタチになりました。初めてのLOR小説、ファンフィク。これはアラボロのようだけれど、ボロアラに見えないこともない。でも、これは、この話はボロミア救済小説のつもりで書きました。
 だって、映画しか観てない人だと、ボロミア悪役だと思われてそうで・・・。
 なぜ!ボロミアは指輪に魅入られたのか?言いたい事はほとんど本文で書いちゃいました。原作完読してないので、映画と一部原作のみでの視点となりますが。完読したら書き直すかも。