who is the KING ?

 モリアーティー教授の企みを阻止する為にホームズは兄のマイクロフトの協力を得てスイスのライヘンバッハに来ていた。
 各国の要人が集まるこの会議で殺人が行われるのを阻止せねばならない。それはヨーロッパ列強を巻き込む戦争を阻止する事にも繋がっているのだ。

 豪華な細工が施されたダンスホールには優雅な音楽が満ちている。その中で踊る者、おしゃべりに興ずる者、 何やら小さな声で話をしている者、音楽に聞き入ってる者…様々な思惑を秘めた人々が闊歩していた。
 その中に紛れ込んだ一行だが、上等の礼服を着込んでいるのにどこかちぐはぐな印象を受けるのは顔の生傷のせいだろう。 だがそんな事は今の彼らにとってはごく些細な事である。早速ホームズはシムを相手にダンスをしながら周囲を観察する作業に入った。
 踊りに不慣れなシムをリードしながら五感を研ぎ澄ませる。目に入ってくるあらゆる情報を脳に叩き込み、分析する。
 一通り情報を得た後、それを整理する為にシムと離れ、すれ違ったボーイからシャンパンのグラスを取り喉を潤していると 恰幅の良い兄が笑みを浮かべながら近づいてきた。


「さて、状況はどうだい?シャーリー。この件は解決できそうかな」
「…今状況を整理してる途中だよ、マイキー」
「お前の事は信用しているがね、シャーリー。君らをこの場に入れるのには私としても少々手間取った仕事でね。只でもフランスでは…」
「兄さん。お咎めなら後で幾らでも受けるから今はこっちに集中させてくれないか?大丈夫だ、私は負けないよ。今回は兄さんの協力もあるし、 頼もしいビショップがふたつもある」
 そう言うと、ダンスホールで周囲を観察しているワトスンとシムに視線を向けた。
 新婚旅行のはずがヨーロッパを揺るがす大冒険に身を投じていたワトスンは、やはり顔に細かな傷を作っている。 顔だけではない、ホームズもそうだがワトスンも服の下は怪我だらけで満身創痍である。 それでも、心無しか 過去に幾度か経験した冒険の時の様に活き活きとしている様に見えるのは自分の贔屓目だろうか。
 そんな事を考えていると、隣のマイクロフトがにやにやと笑っているのに気が付いた。

「…何か可笑しい事でも?」
「シャーロック。さっきビショップがふたつあると言っていたが、そうするとさしずめキングはお前という事になるのかな?」
「そのつもりだが」
 その答えを聞くとマイクロフトはくくくと笑い声を漏らした。
「何が可笑しい?」
「シャーリー、何て初歩的な間違いをしてるって気が付かないんだい?」
「??」
「キングはお前じゃない、ドクターだろう?」
「!?」

 チェスとはキングを取り合うゲームである。どんなに他の駒が残っていても、キングを失ってしまえば負けなのだ。 キングを守る為に、もしくは相手のキングを奪う為にプレイヤーは相手の先を読み、様々な戦略を講じ、己の力を注ぎ込む。

 自分がここ数日間、何度も命の危機に瀕しながらも歩みを止めないのは何の為だ?
 もちろん、犯罪界のナポレオンを捕まえるためである。彼を止めなければ多くの犠牲者が出る。天才である奴を捕らえる事が できるのは、やはり天才の自分しか適任者はいない。

「…筋の通った言い訳だな」
 ホームズが不意にひとりごちる。そして小さなタメ息を漏らすと目を細めながら 隣で愉快そうにしている兄に一瞥を送った。
「…マイキー。これから大勝負する弟をからかうなんて良いシュミをしてるじゃないか」
「おや、心外な。励ましてるつもりなんだがな」
 わざとらしく肩をすくめるとどちらからともなく笑みが零れた。

「ご忠告ありがとう。そろそろ行くよ」
「…気をつけて」
 きっ と正面を見据えながらホームズは歩き出した。その先には、彼のキングがいる。
 これまで全力で、そして共に守り合ってきた絶対的な存在だ。

「ワトスン」
「どうした?ホームズ」
 その声と仕草から緊張しているのが見て取れた。荷の重いケースなのだから無理も無いだろう。
 それでもこの親友は友情と愛国心と少々の冒険心から最後まで付き合う覚悟なのだ。自分の命が危機に晒されているというのに。

「ホームズ?」
 少しだけ高い位置から視線が注がれる。その視線を正面から受けつつ、ホームズはすっと手を伸ばした。
「…よろしかったら、一曲」
 普段ならばふざけるなと一蹴されているだろう提案だが、相棒のいつになく真剣な眼差しと今の状況から ワトスンはそれを作戦の一部だと捉えたらしく、余裕の表情でホームズの手を取った。
「…光栄だな。喜んで」
「結構」

 そうして二人のラストダンスと共に、最終決戦の幕が開いた。




                                                    おわり






あとがき
 シャドウゲームの終盤のシーンに妄想シーンを足してみました。
 弟のアキレス腱を指摘して楽しむお兄ちゃん。まさかマイキー・シャーリーと呼び合うくらいフレンドリーなのが ちょっと驚きましたが、映画版のマイクロフトはこれがなかなかお茶目で楽しい。スタンリーも楽しい。カタカタカタカタカタ
 正直、ダンスのシーンはもう画面に夢中だったので細かい台詞とか覚えていないのですが、2回目観に行ったら 台詞まわりを少し修正するかもしれません。
 今回の映画はホームズがワトスンをモリ教授の魔の手から守るお話でした!!勇ましく戦うヒロイン(ワト)も カッコ良かったー!!!
                                               (12-03-16)