エオウィンと一緒


 さて、ボロミアが黄金館の前を歩いていると、
「ボロミア様!」
「ん? エオウィン殿。」
 呼びかけられて振り返ると、髪を一つに束ね、兵士用のチュニックに手甲と長靴を身にまとい、腰に剣を帯びたエオウィンがそこに立っていた。
「おお、何と勇ましい。ローハンの盾持つ乙女の噂はゴンドールまで届いているが、実物は言葉以上にものを言う。」
「イヤですわ、ボロミア様。慣れないお世辞なんて。」
「いいや、世辞などではないよ、エオウィン殿。」
「それはともかく、ボロミア様。わたくしに稽古をつけて頂けませんか?」
「ええ、喜んで。」

 エオウィンは幼い頃から兄や伯父や従兄弟たちを見て育ってきた。たった2人きりの兄妹だったからであろうか、兄のやる事を何でも真似したがった。剣も始めはそれがきっかけで手に取ったかもしれない。兄たちも最初は遊び半分で教えていたのだが、次第に彼女の持っている才能に気づく。
 今ではその辺の男たちよりも腕の立つ剣士となっており、彼女もそれを誇りに思っていた。
 だが、女に生まれた事が、今彼女の重荷となっている。
 『年頃になったのだから・・・』と何かと行動を制限される事が多くなってきた。
 自分を大切に想ってくれているのは、よくわかる。でも、私自身の意思はどうなるのか・・・
 だから、エオウィンはたまにこの国を訪れるボロミアの事が好きだった。彼は誇り高い立派な武人で、自分を1人の人間として見て、接しているのがわかるから。
 『エオウィン殿』  程よく低く、耳ごごちの良い声が、昔から好きだった。


 兵たちの練習場で剣と剣とが激しくぶつかる音が響いている。人払いをしておいたので、何人かの世話係だけがその様子をはらはらしながら眺めていた。

 キィンッ キィンッ ガツッ

「また一段と腕を上げられましたな、エオウィン殿。」
 エオウィンの剣を己の剣で受け止めながらボロミアは話しかける。
「・・ええ、伯父や兄たちはあまり良い顔をしませんけど。」
 そう言うと剣をぐるっと回転させて、相手の剣を跳ね返すとそのまま打ち込んでいく。そして渾身の力を込めた一撃を振りかざした。
「!」
 その一撃が振り下ろされるその刹那、ボロミアはわずかに身を反らしながら己の剣でもって、その力の方向を変えてやった。虚空を突くエオウィンの剣は勢い余って本人ごと前へつんのめる形となる。慌てて振り向くと目の前に剣が突きつけられていた。
「・・・参りました。」
 すっ と剣を下ろすボロミア。

「エオウィン殿、今より強くなりたいですか?」
「もちろんです!」
 強くなりたい。王のために、民の為に、この国の為に・・・・私だって。
「ならば・・・盾を持って戦うことを覚えなさい。」
「・・・盾を?」
 エオウィンが盾を持たず、両手で剣を使うのにはそれなりの訳があった。剣という物は存外に重いものであり、女の力でそれなりに使う為には片手よりも両手の方が扱いやすいのだ。
「ですが、片手だと・・・」
「わかっています。ですから、剣をもう少し軽いものに代えましょう。」
「軽いものに・・?」
「ええ。・・・盾というのは、防御のみに使う物ではないのですよ。敵を押したり、時にはあれで殴ったりもします。」
「まあ!」
「そして、相手の剣を、力を受け流す事を覚えなさい。先ほど私がしたように。戦では大抵の者が頭に血が上り、興奮して力いっぱいに相手を打ち倒そうと攻撃してきます。そこで冷静に構えて、相手の攻撃を剣や盾で受け流すのです。そうすれば隙をつくることができるので、そこを・・・」
「ガツン! とやるのですね。」
「ええ、その通り。」
 エオウィンの口調に微笑を浮かべるボロミア。
「エオウィン殿は勇敢で聡明なお方だ。貴女なら混乱する戦いの中で、冷静でいる事が出来るはず。」
「・・・私は本当に盾持つ乙女になるのですね・・・わかりました。やってみます。」
「片手で剣を降るのは力が必要になるから、普段から利き手を、特に手首を鍛えておくといいでしょう。」
 まるで部下にでも話しかけているかの様なゴンドールの大将がそこにいた。武人の顔で話すその人をエオウィンはしげしげと見つめる。
 この方が兵たちから慕われている訳が解かった気がした。

「・・・わたくし、ゴンドールへ遊学に行きたいです。」
「え?ど、どうしたんです?いきなり。」
「いつか、 もう少し、平和になったら。・・・そちらには学ぶべき事がたくさんありそうなんですもの。・・ダメですか?」
 冗談などではなく、本気の申し出だと察し、どう返事をしたものかと困るボロミア。
「ダメだなんて、そんな。 その、私の一存では決められませんが、セオデン王が良いと言うのならこちらとしては何も・・問題ありませんよ。」
「本当ですか!」
 パアッ と顔を輝かせるエオウィン。
「ええ。いつか、ミナス・ティリスへおいでなさい。私は・・正直勉学の方は疎いのだけれど、弟なら。ファラミアは頭の良い人間だから、きっと貴女のお役に立つでしょう。」

 ・・・学びたいのは、勉学の事だけではないのですけど。

「では、約束して下さいます?ボロミア様。」
 すっと 小さく白い小指が差し出された。それにボロミアはひとまわり大きな自分の小指を絡ませる。
 幼い頃にもうたった事のある懐かしい文句を、マークの美しい姫と歌い、微笑みながら約束を交わした。