1.ハイウェイ ああ、私は何処へ行くのだろう。 私は何処から来たのだろう。 もう、長い間走りっぱなしだ。体が酷く痛む、脚はくたくた、腕もあがらない。 ただ、 剣の、柄だけはしっかりと握り締めている。 そうだ、私は行くところがあったのだ。たどり着くべき場所が。 弱ったな。先はまだ長いというのに、もう、体がいう事をきかない。 私は、私のたどった道は、私が向かうべき場所へ、続いていたのだろうか。 遠のく意識の中、誰かが『そうだ』と、言ってくれたような気がした。 君よ、願わくば、私の道を。私がたどり着くべきだった場所へ、行ってくれないか。 私の体はここまでだが、私の心は、その時まで貴方と共にあると、誓うから。 どうか、 どうか。
2.海の向こう | 「アラゴルン、あんたは海を見たことがあるか?」 「海?それは・・あるが、どうかしたのか?」 ある日、道を歩いていると、不意にボロミアがアラゴルンに声をかけた。 「いや、実は、小さい頃海を見たことがあるのだが、その蒼さと広さにとても感動して、」 「ほう。」 「その時、側にいた父上に、こう尋ねたのだ。」 『ねえ、父上、うみとはとても広いのですね。』 『ああ、広いな』 『じゃあ、じゃあ、このうみの向こうには何があるんですか?』 「・・・それで彼は、何と答えた?」 すると、ボロミアはわずかに眉をひそめ、苦笑を浮かべる。 「それが、教えてもらえなかったのだよ。その途端に子供のわたしでも分かるほどに、父の顔が険しくなったのだ。聞いてはいけない事を聞いてしまったようで、何も言わず黙っていたら、」 『・・・海の向こうには、我ら人間が知るべき場所は何も無い。』 「今でも父に、あの時の言葉はどういう意味なのか聞けないのだ。」 アラゴルンはしばらく考えると、こう答えた。 「そう、だな。ある意味、彼の言う事は正しいよ。」 「??どういう事だ?」 「・・・海の向こうには、人が踏み入れられない世界がある。エルフたちの住まう世界だ。我々には無縁の世界だよ。」 そう言って、ぷかあ とパイプ草から煙を吐き出す。 ボロミアはしばらく何やら考え込んでいたが、やがて合点がいったように 「そうか」 とひとりごちる。 「・・・すっきりしたか?」 「ああ。ありがとう、アラゴルン。」 「何、大した事じゃないさ。」 そうして、その夜、ボロミアは久しぶりに幼い頃の記憶を、ひとつひとつ、確かめるように思い浮かべていた。
3.放浪者 | 永きに渡って放浪を続けていた野伏は、終に帰るべき処へ還ってきた。 多くの時と、多くの犠牲を払いながら。ようやく。 まだ夜も明けきれない頃、平和の空気に包まれた白き都の狭間で、王は一人空を眺める。 群青色の空の下、どこか空ろな瞳で空を見上げる。そこにいない人を、さがすかの様に。 かの人が愛したこの地なら、奇蹟も起こってくれるだろうかと、薄い ああ、ボロミア。私の身体は定まったのに、私の心は、再び彷徨い始めているよ。 いつか、再び会えるその日まで。
4.森の中 | 煩わしい・・・ 不謹慎だとは思うが、私とて人間だ。 都は、城は、ざわめきが絶えない。表を、裏を行き交う言葉の数々、視線、囁き。 ・・・うんざりだ。 そうして、時々デネソールは一人、山中を散策する。 様々な喧騒から逃れる為に。 春の香りと瑞々しい緑の中、しばし何も考えず、何事にも煩わされず、さくさくと草を踏みしめながら歩く。 ふわっと 花の甘い香りを乗せた風が、デネソールの仏頂面をなぜる。 「ん・・・」 どこかくすぐったいその風で、デネソールの口の端が持ち上がる。いつに無い位優しい瞳。 その顔をもっと周りの人にむければいいのに。 木の中に紛れる様に、やはり春の午後を楽しんでいたソロンギルは思った。 でも、まあ。・・・あの顔を見れるのは、私だけで十分か。
5.静寂 | 月のない夜。陣営から少し離れた所にデネソールは立っていた。 大きな木の幹に体を預けるように。特に意味はない。 敢えて言うならば、月のない夜が すこし、不安に思えたから。 そう思った瞬間に口元をわずかに上げる。 なにを思うのか、この頭は。 執政の息子が、一団の将がこの様な事を。 否。 執政の息子、ゴンドールの御大将、次期執政・・・・それらを取り払った時に、私には何が残る? 自分に問うて、首を振る。取り払えるはずが無い。それらは私に一生付きまとうものだ。どうにもならないのだ。 不意に背後から人の気配がした。しかし、デネソールは振り向かず、雲間に隠れる月を見ていた。 「こんな所で、何を?」 「・・・別に。」 「もう遅いですよ。テントに戻って下さい。貴方がいなければ、見張りの者が大騒ぎします。」 「かまわん。」 「・・・・」 少し困ったような顔をして、ソロンギルは空を仰ぐその人の背中に歩み寄る。 それでもぴくりとも動かないデネソール。 「・・・風邪を引きますよ。」 「かまわぬ。」 すると、ふわっとソロンギルが両の手を伸ばして、その人の体を包み込む。わずかに震えた体。重なった部分がぬくもりを持ってくる。 「・・・あの。」 「・・・何だ。」 「いえ、何も。」 相変わらずの抑揚の無い声。 冷えたその体を抱きしめながら、星の鷹は空を見上げた。 なぜか、 明かりの無い空と静か過ぎる
6.Sex | 「なあ、ボロミア。愛情表現には色々あると思わないか?」 「藪から棒に何ですか?陛下。」 ゴンドールの執務室で仕事中のアラゴルンと、監視役の執政・ボロミア。 ペンをぱたりと置くと、王は椅子から立ち上がり、愛しい執政に呼びかける。 「思えば、昔、アンタが私につっかかってばかりだったのも愛情表現のひとつだと思えるのだよ。」 「・・・それは少々自分に都合の良すぎる解釈ですな。それよりも、仕事の手が止まってますよ、陛下。」 慣れた風に自分の仕事の手を休めずに切り返すボロミア。それにどことなく不満げな王。なんとも子供っぽく頬を膨らませる。 「・・・やれやれ、どうも最近のアンタは弟君に似てきたね(と、言うより父親の方か)。さすがは兄弟。しかし、ボロミア、こうしてせっかく2人っきりでいるのだよ、もっと、こう、楽しい事をしようじゃないか。」 そう言うとアラゴルンは後ろからふわっとボロミアに抱きつき、耳元でなんとも魅力的な声音でささやいた。 一瞬肩をびくっと震わせるが、ボロミアは短くため息をつく。 「・・・アラゴルン、こんな時にこんな所で不謹慎な。民が泣くぞ。」 「さっきからツレないばかりか、あまりにも冷たいな、ボロミア。」 「冷たいとかツレないとか、私をからかうのもいいかげんにしろ!」 「なんだと?コチラの気持ちも知らないで良くそんな事が言えるな!鈍感男!」 「鈍感男とは何だ、鈍感とは!」 「私はいつでも本気で言ってるのにそれを本気ととってくれないのはソッチだろう!こうなったら力づくでも・・・」 「わ、こら、何をする!」 強引にボロミアを椅子から引きずり落とし、床に組み敷くアラゴルン。 「ば、馬鹿!顔を寄せるな!ヒゲをすり寄せるなー!!」 「うるさい、黙れ、その要求は却下する。」 まるで子供のケンカの様に床を転げまわる王と執政。 「ホラ、そんなにテレるな、執政殿」 「誰がテレるか!このケダモノ!!」 ファラミア到着まで後15秒。
7.友人以上 | ある天気の良い日、旅の一行は足取り軽く歩いていた。 久しぶりの好天にメリーとピピンは浮かれ喜び、キャッキャと笑いながらふざけながら、歩いていた。 そんな仲の良い2人の背中を見ながら美麗のエルフは何やら思惑顔。 少し後ろを歩くボロミアにスっと近寄ると『あの2人は随分楽しそうだね。』と声をかける。 「そう・・・ですな。いつにも増して機嫌が良い様だ。」 「久しぶりに天気がいいからね。僕も嬉しいよ。あなたはどう?」 「確かに今日は良い天気だ。暖かく、心地良い風が吹き、何やら心も軽い。」 「それは良かった。所で、あの2人は小さい頃からの友人だそうだよ。」 「まるで…兄弟の様だな。」 「・・・」 そう言って僅かに目を細めるボロミア。 「僕もね、彼らみたいに仲良くなりたいと思ってるんだよ。」 「え?」 驚くボロミアにビシっと指を突きつけるレゴラス。 「もちろん、あなたとだよ、ボロミア!」 「は、はあ。」 何やら挑戦状でも叩きつけられているかの様で、何よりもエルフがこの様な行動を取るのも意外で、どう対応していいものかわからなかった。 普段は仏頂面の多いこの武人が珍しく顔を崩したのをみてレゴラスは気を良くする。 「長い旅になると思うけど、よろしくね。」 「あ、ああ。こちらこそ。」 見とれる程の笑顔につられて思わず笑みを浮かべるボロミア。 その後、談笑しながら歩く2人の後ろから、ギリギリと悔しそうに歯軋りする馳夫さんが好天にそぐわない顔で足取り重く歩いていましたとさ。
8.今日の食事 | 「〜♪」 ゴンドールの厨房で、鼻歌交じりに鍋をかき回す男が一人。 何を隠そう、ゴンドールの総大将、ボロミアその人である。白いエプロンを身につけ、なんとも楽しそうに料理をしている。 ぐつぐつ何かを煮ている鍋に、どばどばと具を足し、ぱらぱらと明らかに目分量で調味料を放り込んでいる。 その度に厨房の影で”目も当てられない”という表情で料理長がどぎまぎハラハラしていた。 さて一方。デネソールとその次男のファラミアは一足先に食卓について、珍しく嬉しそうな顔でそわそわしていた。 この日はデネソールの誕生日で、久しぶりに親子水入らずで過ごす事となったのだ。ボロミアはお祝いに手料理をすると言い、厨房にこもっていたのである。ファラミアはといえば、兄を手伝いたかったものの、稽古中に手に怪我を負い、それが出来ないでいた。 「兄上、遅いですね。」 「うむ。ファラミア、お前少し見てきてはどうだ?」 「それが・・・兄上から一人でやり遂げるから絶対来ない様にと念を押されていまして。」 「お前の怪我を気遣っての事だろう。優しいやつだからな。」 珍しく弾んだ会話をする父と次男。そこへるんるん♪と弾みながらエプロン姿のままで長男坊が手にお盆を持ちながらやって来た。 「父上、ファラミア、できましたぞ〜♪」 カチャカチャと父と弟の前にスープ皿を置く。 「ボロミア、ご苦労だった。実に美味しそうにできたじゃないか。」 「兄上、お怪我などはありませんでしたか?」 「ハハ、怪我などしないさ。さ、父上、ファラミア、御相伴下さい。」 「では・・」と2人は大好きな息子&兄の作ってくれた料理を口に運んだ。 「・・・!!!!??」 一瞬の内に体に電撃が走る。それは今まで経験の無い一撃だった。 そのわずかな一瞬の内に2人の舌は微かに痺れ、まだ到達していないはずの腹や胃が、これから流れ込むであろう物を拒否するかのように活動を始める。そして、体全体が食道辺りを通過中のそのものを体外へ押し戻そうとしていた。 「「がふっ」」 息子を、兄をがっかりさせない様に、限りなく小さな声で咳き込み、戦とはまた別の必死さで体に反抗し、押し上がってくる異物を再び体内へ飲み込もうと試みる。 父親と次男坊はチラと互いを見やると、共に同じ状況である事を悟った。 (よいか、ファラミア。ボロミアを傷つけるような事はしてはならぬぞ。) (は、はい。もちろんです。) アイコンタクトを交わすと、渾身の力を込めてごくり、とそれを飲み込む。額にはうっすらと脂汗が浮かんでいた。 「どうですか?お味は。」 わくわくと期待の眼差しを向けるボロミア。 「な、なかなか美味ではないか。さすがボロミア。なあ、ファラミア。」 「は、はい。兄上は料理の才もあったのですね。」 かすかにスプーンを持つ手が震えているのにボロミアは気づいていない。 「そうか!よかった。ではメインディッシュを持ってくる。」 そう言って再び厨房へ戻って行った。と、同時に食卓の2人は唸り声を挙げ、テーブルに顔を突っ伏す。そして声にならない何かを呟いた。 その後、2日間、2人は絶食状態に陥り、床に就いていた。そして、臣下の何人かが食事の事を聞いたが、二人とも固く口を閉ざしていたという。
9.会いたい | あなたを最後に見た日から、どれだけの時が流れたろう。 私の目に映ったあなたは、わずかに微笑んでいた。 私の大好きな、その笑顔で。 もう何年も会っていない、そんな感覚に襲われる。 あなたのその声を最後に聞いたあの日から。 せわしない、いつ崩れても不思議ではない、脆い日常。 ぽっかりと空いたそんな時間に、あなたのことを、 想う。 あの日が、あの別れが最期なのだと知っていたら、私はどんな事をしてでもあなたをここに留めていただろう。 今、あなたに、もう一度だけ、もう一度だけ、 あいたいのです。
10.言い残したこと | 共に歩んできた仲間達へ感謝の言葉を。 小さく、勇敢な友へ謝罪の言葉を。 残された民へ謝罪と励ましの言葉を。 遠く離れた愛する家族へ最期の別れを。 そして、長年探し求め、焦がれていた彼の人に本心を、伝えたかった。 民に謝罪を。 妻と、息子達に謝罪を。 そして家族に、愛する家族に、感謝の言葉を、この口で 伝えたかった。 |
あとがき 1.highway には、ある目的への正しい道、という意味があったので。 大丈夫、貴方の道は皆と同じ所へ続いていました。 2.海の向こうはエルフが住まう地。エルフ達はいつか海を渡り、そこへ還ってゆく。そこでフィンドゥイラスを連想してしまい、ついあんな事を言ってしまったんでしょう。微妙に事情を知ってるボロとゴルンは納得してしまった、と。 何気にアラゴルンにデネパパの事を何と呼ばせようか悩みました^^; 3.どこか煮え切らない王様ですが、そんな王様も好きです。 4.ふと、デネソールが書きたくて、でもオチがなきゃいけないからソロンギルにも出てもらいましたw結婚前だったらいいかなー。 5.はて。なぜかAになってからソロデネネタが多くなってきましたよ。ええと、ちょっとブルーでどうでもいい気分になっちゃったデネパパといつもと違うデネにちょっとドキドキのソロンギル。続きは独立して書きます。(宣言したな、己は・・・) 6.指輪戦争後、ボロミア生存ネタです。あえてギャク路線にしてみました。 7.旅を始めた頃のレゴラスとボロミア。友人以上の関係になりたいな、と。 8.執政家の父の日を想像して書いてみました。でも指輪の世界に父の日はアレだったので、誕生日にしてみました。ボロたんは料理とか天然で苦手かと思ったので。あの後、地獄のフルコースを最後まで平らげたんですよ。根性というかヌメノールパワー全開でやり遂げたのだと思います。 9.ファラミア、ボロミアを想う。 10.最初はボロミア。その後はデネソール。 以下はおまけです。 この世ではもう会えない君たちに、伝えたい。 千の謝罪と、一つの愛の言葉を。 旅を共にした友人に。そして、 数々の戦場を共に駆けた友人に。 間に合わなくてすまなかった、と。 眉をひそめて言うのだろうな。 すまなかった、では済まされない。 そんな彼を、その隣で君はなだめてくれるだろうか。 もう少し。もう少しで、私もそこへ行くから。 今から予行演習でもしておこうか。 |