瞳の先に




   ・・・いつからだろう、この国が、この世界がおかしくなり始めたのは。
 いつからだろう。その異変が大事な人へ降りかかったのは。
 どうして、自分はそれに気がつかなかったのか。

 ぐるぐるとやるせない気持ちと悔しい念が頭を巡る。
 そうしてエオメルはローハンの地を駆けていた。あの不当な追放命令を受けた後の事である。
 それでも自分について来てくれた兵たちを従え、彼らは馬を走らせていた。
 やがて日も暮れ、一団は以前使用した事があった駐屯地で一夜を過ごす事になった。

 部屋で1人、粗末な椅子に腰掛ける。月がやわらかな光を落としていた。
 ぼんやりとその光を眺め、長いため息をつく。

 ―どうして不幸というのは立て続けに起こるのだろう。
 セオデン王の異変に、セオドレドの死、オークたちの襲撃。
 「そしてこの追放・・・」
 エドラスに残してきた妹は大丈夫だろうか。あのグリマに何かされてやしないか。
 ぶんぶんと頭を振る。 このままでは本当に滅入ってしまう。

  昔はこうではなかったのに。

 エオメルは目を閉じ、記憶を巡らせた。浮かんできたのはまだ小さい頃の記憶。
 セオデン王に引き取られ、初めてエドラスへ来た日の事。小さな妹の手をぎゅっと握り締めていた。
 まだ悲しみが明けていない2人を伯父もセオドレドも周囲の人たちも随分気にかけてくれていたのを小さいながら感じていた。

 次に浮かんだのは10と少しの頃。 隣国ゴンドールの使者たちがやって来た時のことだ。
 あの時は伯父や重臣、ゴンドールの使者たちがどこかこわばった顔をしてたのに少し不安になっていた。
 そして、初めて執政家の長男・ボロミアと会ったのもこの日である。セオドレドと彼は面識があったようだったけれど。2人は久しぶりの再開を喜んでいたっけ。その後、セオドレドが自分と妹を紹介してくれた。
 確か妹は恥ずかしがって、自分の後ろにひっついていたな・・
 初めて会った彼の印象は今でも良く覚えている。輝くまっすぐな髪と若草のような緑の瞳。そしておひさまのような笑顔。
 ゴンドール人、というよりはどちらかと言うとロヒアリムに近い外見と雰囲気のその人に、すぐ親近感を覚え、がっしりと握手したその手でくしゃくしゃと頭をなでらると、なぜだか少し恥ずかしくなった。

 「・・あの方は元気だろうか。無事裂け谷へ着いただろうか。」

 エオメルが最後にボロミアに会ったのは今から半年以上も前になる。
 彼は裂け谷という地を目指し、1人で旅をしていた。その途中にエドラスに寄っていたのである。
 もちろん、今のエオメルは彼が帰らぬ人となった事は露ほども知らなかった。

 「ゴンドール・・・」
 セオデン王がおかしくなってしまってから、ゴンドールとはしばらくの間国交が無かった。今更助けを求めるのも虫がよすぎる。
 ふと、ゴンドールはどっちの方向だったかと窓辺に立った。辺りの様子を見ている内にはたと思い出す。
 それはにわかに国内に不穏な空気が漂い始めた頃。エオメルがセオドレドに付き従って、ローハン中を回っていた時である。
 元々彼の従兄弟は、戦いに向いてるとは言えない、気の優しい人であった。
 その彼の側に居たエオメルは気づいていた。彼が疲れていたり、ため息をついたりした時、彼は決まってどこか遠くの方を見つめていた事を。
 「ゴンドールか・・!」
 今、エオメルは気がついた。彼はやみくもに景色を見ていたのではない。南の方角、ゴンドールの方を見ていたのである。

 「・・ボロミア殿を?」

 疲弊した彼はゴンドールの方を眺め、何を想っていたのか。その真意は今となってはわからない。
 セオドレドとボロミア。同じ年で互いに跡取り同士でもあった2人は通じる所も多かったのだろう。

 「・・私もお側にいたのだがな。」
 そうつぶやいて苦笑した。あの頃の若く、頼りない自分では仕方ないとは思っているけれど。

 心が弱った時、人はつい 親しい誰かを心に想う。
 自分の場合は誰だろう。 たった1人の肉親、エオウィン。父と同じように慕い、敬ってきた伯父、セオデン。本当の兄のように思ってきた従兄弟、セオドレド。

 いつか、私も。
 いつか私も、誰かの瞳の先に映ることができるだろうか。
 誰かの心の支えに・・・


 「まずは、この状況を何とかしないとな。」
 ぴしゃり、と頬を叩く。こんな情けない状態では心の支えになるどころか、末代までの恥となってしまう。
 「待っていて下さい、王、エオウィン、そしてローハンの人々よ。すぐに、あなた方の元へ帰ります。」



 そんな彼が道すがらオークの一団に出くわすのは数日後。
 そのオークを追う3人組と会うのがその翌日。
 そして、彼の言葉が現実となるまではさらに数日の時がかかるのだとは、まだ誰も知らない時の話である。

                                                 END

あとがき
何が書きたかったんでしょう。セオボロか?いえ、これを書いたその前日にTTTのSEEコメンタリー@キャスト編を観たんですよ。・・・セオドレドに髭が無かったYO!!!で、エオメルっつーか、カールやデイジーちゃんのコメント少ねーー!!と、いうか、あの3人組が無駄に多い気がします。場面に合った事を話してください。これはコメンタリーです。主張の場ではありません。
 で、ボロミアとセオドレドが同い年だという事を知って、なおかつDVD観たせいで、このようなものを書くに至りました。同い年で互いに長男で、気が合ったんじゃないかなあ、と思っています。 セオは坊ちゃん系で、ボロが天然系という最強コンビですね!
 いや、私、ボロが愛されていればロヒアリム×ボロもアリかなあ、と。
 多分、セオドレドにとってはエオメルもエオウィンも、『守ってあげる』対象であって、あまり弱い所とか見せたくなかったんですよ。それで色々境遇が同じなボロたんならば・・と考えてゴンドールを眺めてくれていたらなあ、とか思いながら書いてました。
 ちなみに、ボロミアは旅の途中、その瞳の先にファラミアやデネを思い描いていた事でしょう・・・・