声無き想い



 ここはゴンドール、ミナス・ティリスの城の中。
 執政妃・フィンドゥイラスは自室へひきとり、寝るまでの時間を本を読んで過ごしていました。
 すると、トントン と部屋をノックする音が聞こえます。

「どなたでしょうか?」
 そう呼びかけると すうっ と静かに扉が開きます。
「・・・殿?」

 現れたのは執政であり彼女の夫でもあるデネソールでした。何も言わないまま彼は妻のもとへやってくると、ボソっと呟くような声で言いました。
「・・・少し、歩かないか。」
「はい。」
 フィンドゥイラスは驚きましたが、日頃忙しくてあまり話す事もない夫が、こんな時間にこうしてやって来るなんて何かあるのだろうと思い、いそいそと青いマントを羽織ると夫の側について部屋を出て行きました。
 廊下に出ると すっ とデネソールが腕を差し出します。
 それを見て嬉しそうに微笑を浮かべるとフィンドゥイラスはその腕をとって、ゆっくりと廊下を歩いていきました。

 城を抜けて、噴水広場を歩きます。
 今日は雲の少ない夜で、三日月と星々の白くて淡い光が射しこみ、ニムロスの木を照らしていました。
 それを横目でみながら2人はゆっくりと、何も話さず狭間の方へ向かいます。
 その奥の方へ行くと、ふわあっと風が吹き、フィンドゥイラスの豊かな金色の髪をなびかせます。それを見ると、デネソールは自分の黒いマントを外し妻の肩にかけました。フィンドゥイラスは夫の顔を見上げましたが、彼はまた前を向き、先へと進みます。
 やがて足を止めて、デネソールは暗闇をじっと見つめました。晴れた日ならば、ここからはミナス・ティリスの町の様子や、果てしなく続くように思われるベレンノール野が広がっているのです。雲のないよく晴れた日なら、さらにその向こうのベルファラス湾が見える事もあるのでした。
 しかし、今は月明かりの乏しい雲のある夜です。城下に灯る明かりはちらちらと見えますが、その先は僅かに照らされたベレンノール野と、雲間の星々がかすかに見えるだけでした。


「・・・いつか、そなたを連れてゆこう。」


 遠くを見据えたまま、静かにデネソールが言いました。
「今、ここを離れるわけにはいかないのだ。 だが、 いつか。きっと 」

 だから今はここにいて欲しい。 私の側を離れないで欲しい。

 フィンドゥイラスが故郷の海に焦がれているのを彼は知っていました。しかし、彼女が故郷へ帰る事を許さなかったのです。それをフィンドゥイラスは少なからず悲しんでいました。 
 ですが、フィンドゥイラスは今の言葉でわかりました。

 ああ、わたくしはこの方に愛されている。そして、わたくしもこの方を愛している。
 ただ、この人はわからないのだ。どう言えばいいのか、どう接したらいいのか、 どう愛したらいいのか。 それで戸惑っているのだ。

 でも、フィンドゥイラスはちゃんと気がついていました。差し出された腕、掛けられたマント、自分に合わせてくれた歩調、そして言葉少ない約束。
 言葉が無くても、伝わる想いはあるのです。互いが互いを想っていれば、それは通じるのです。
 その事を今、フィンドゥイラスは知ったのでした。

「フィンドゥイラス・・・」
 夫に呼ばれ、フィンドゥイラスは顔を上げます。すると、デネソールは懐から花を取り出し、それを妻の髪に挿してあげたのです。 フィンドゥイラスはその花を見て驚きました。
「これは・・・アルフィリン?」

 アルフィリンとはアンドゥインとギルライン川の間の三角地帯にあるレベンニンの平原に生えている花です。
 海風を受けて咲く花。古のエルフ達がそれを見て海への憧れを抱いた花です。

「先日、近くまで出兵して、その時に見つけたのだ。魔物や兵たちに踏み潰されるよりは、ここにあった方が良いと思った。」
 そして、妻の輝く髪に似合うのだろうと思ったのです。

 花を飾った妻を見て、デネソールはぎこちなく笑みを浮かべました。彼は笑う事にあまり慣れていなかったのです。
 フィンドゥイラスは涙をこらえてにっこり微笑むと、デネソールの胸に顔をうずめました。例え嬉し涙でもそれを見せたら、不器用な夫が困ってしまうだろうと思ったのです。
 チャリ と服の下に着込んでいる鎖帷子が僅かに音を立てました。デネソールの手がためらいがちにフィンドゥイラスの小さな体を包み込みます。

「殿、わたくしは幸せです。・・・とっても幸せです。ほんとうに・・・」

 フィンドゥイラスはきゅっとデネソールの服を握り締めました。
 デネソールはぎゅっとフィンドゥイラスを抱く手に力をこめました。

 白い月と、星達と、ニムロスの木が、優しく2人を見守っていました。

                                                end   



アトガキ
 書きたかったーー!!RotK観る前からデネフィンって書いてみたかったんですよ〜♪やっと書けました。きっかけは、図書館から借りた『トールキン指輪物語事典』の動植物の頁を見ていたら、アルフィリンの花の項目を見つけて、これは使える!!と思い、書きました。
 デネソールって、偏屈だけれど、多分表現をするのが苦手だったんじゃないかなあ、と。だから本当はフィンドゥイラスの事も愛していたんだと思います。い、いかがでしょう?さ、さりげない優しさとか愛情ってのを目指したつもりです。
 でも書いてて楽しい♪嬉しい♪ 例え映画であんな感じに描かれましたが、なぜか憎めません、デネソール。やっぱその背景とか知ると見る目も変わってくるものですね。TTTのSEE・チャプター41を初めて観た時は『何だ!この差別オヤジは!!しどいわ!!』といった感じだったのに・・・。
 明るい時ではなく、夜を選んだのは、人の目が無い、というのもありますが、明るい内に外へ出て、下手に海が見えてしまったら、返って思いを募らせ、フィンドゥイラスに悲しい想いをさせてしまうかも、とデネソールなりに気を使っての事です。 ハイ。
 しまった!!この頃既に白い木は枯れてたみたいです!!すいません!まあ、枯れてるけど見守っていた、という事で。