the 1st meeting




 その日、アラゴルンは機嫌が悪かった。

 しかし、それに気がついている者は1人を除いていない。彼はとっても上手くそれを隠す術を心得ていたから。周りの者に気がつかれないように、しかしその1人には自分の心が晴れていない、と知られている事を知りながら、―それがまた気に障るのだけれど―黙々と歩いていた。
 彼は、アラゴルン程の人が何に腹を立てているのか。それは昨夜の事…いや、その原因を辿ると裂け谷での出会いが・・いや、その昔、名を変えてゴンドールにいた頃・・・あの頃だろうか。
 ・・・どうやら心が乱れているようだ。

 まず昨夜、見張り番をレゴラスに交代した後、珍しく彼はゆっくりと眠りについた。最近考え事が多く、加えて重大な旅の途中、いつの間にか疲労がたまっていたのだろう。久しぶりにゆっくりぐっすりとやすむ事になったのだ。
 ところが。 夜が明けて次の日になると、旅の仲間であるボロミアとレゴラスの雰囲気が違っていた。昨日までとは明らかに違っていた。(といっても馳夫さんのみが気づくビミョ〜な変化ですが)何やら耳打ちをしたり、よく笑いあったり。そして何よりも、ボロミアの見ていない所でレゴラスがしてやったり顔で不敵な笑みを向けるのが一番の原因であった。
 旅の仲間同士が結束を固める、というのが良い事であるのはわかる。
 しかし!あのレゴラスとボロミアである。
 これがレゴラスとギムリ、とかレゴラスとフロド、というならともかく、相手がボロミアだ。
 裂け谷での運命的な出会い(と、本人は思い込んでいる)以来、彼はこの執政家の長男殿が心から離れないのである。その『運命的な出会い』(あくまでも馳夫さんの言い分です)よりも更に数十年前、彼が名を変えてゴンドールにいた頃、執政・エクセリオン2世の嫡男、デネソールの長男としてこの世に生を受けたばかりのボロミアと、初めての出会いをしていたのであった。


   その日は暖かい風が吹き、すごし易い1日だった。 特に何の予定もなかったソロンギルはその陽気に誘われ、中庭をぶらぶらと散策していた。
 すると向こうの方から小さな笑い声が聞こえてくる。誰だろうと思い、声のする方へ歩いて行った。
 「あれは・・・」
 光射す庭に、ひときわ輝く金の波。鈴の音のような笑い声。
 「フィンドゥイラス様。」
 そこにはデネソールの妻、フィンドゥイラスが従者も連れずにいたのである。
 「それにボロミア様も。」
 視線を落とすと、まだ小さな赤ん坊がふらふらと危なげによためいている。そんな息子の様子を微笑ましく見ているどこか儚げな母親。
 「あら、ソロンギル様。お散歩ですか?」
 「はい。しかし、フィンドゥイラス様、お2人だけでこちらへ?」
 「今日は気持ちの良い日ですので。この子も外に出たがっていましたし。いらっしゃい、ボロミア。」
 母親が呼びかけるとその小さな子は、「あー だー うー」と何やら声を発しながら、そして笑いながら母親の腕めがけ歩いてゆく。
 「お座りになったらいかがです?ソロンギル様。」
 「はあ、では、失礼して。」
 柔らかな草の上に腰を下ろす。
 「だー ヴァー うぅー?」
 ボロミアが指をさしながらソロンギルの方を見ていた。母親ゆずりのふわふわとした金色の髪と白い肌。若葉のような緑色の瞳。その瞳を大きく見開き、こちらを興味深そうに見つめている。
 「ボロミア、この方はソロンギル様。この国の英雄なのですよ。」
 「いえ、私はそんな・・・。」
 「えーゆー。 ソろーぃるぅー」
 「ソロンギル様、この子を抱いてあげて頂けませんか?」
 「え!?わ、私がですか?」
 突然の申し出に驚く。
 「お願いしますわ。」
 どこか楽しげにフィンドゥイラスが後押しする。断る事もできず、ソロンギルは恐る恐るボロミアに手を伸ばした。嫌がる様子も無く、ボロミアは大人しく彼の腕の中におさまる。

 あたたかい、そしてやわらかい。

 「・・・あの小さな赤ん坊が1年足らずでこんなに成長するものなのですね・・」
 「ええ、本当に。」
 「そォ(ロンギ)るぅー? きゃーィ! あうわ〜」
 その抱き心地が気に入ったのだろうか、ボロミアはきゃっきゃと声をあげて笑っている。
 その笑顔を見て、なぜだかソロンギルは嬉しくなり、つられて笑いをこぼす。
 「あなたを気に入った様ですわ。」
 「あーい♪」
 「まあ。」
 思わずこちらも笑みを浮かべる。
 「そぉーんぎるぅー」
 2つの大きなみどりがこちらを見つめ、何か話しかける。
 「ああ、ボロミア様。わたくしはソロンギルと申します。この国に仕えております。」
 「ぎるゥーー」
 瞳をぱちくりさせて、屈託の無い笑顔のその子はとても愛らしかった。
 「今日の、この様な良き日にあなたにお会いできて光栄で・・・あ」
 不意に言葉を詰まらせる。ボロミアがひょいと腕を伸ばし、ソロンギルの顔に触れた。そしてそのままあごや口元を面白そうになでくる。
 「あ、いえ、・・・その・・」
 白く、ほよほよした弾力のある小さな手。
 その手が今度は、彼の垂れた前髪をにぎりしめた。くいっと引っ張られ、引き寄せられる。
 かすかにミルクの香りが小さなピンクの唇から漏れていた。
 不意に、ソロンギルはこの腕の中の小さな人をいとおしい と思った。 その途端、なぜだかわからないが、急に恥ずかしさがこみ上げる。頬が熱くなり、ほんのりと赤さがにじむ。にわかに心の臓の動きが速くなった気がした。

 おかしい。 なぜ?

 自分でもよくわからない。わからないから尚不思議で戸惑う。
 そんな彼の心境は露知らず、未来の執政殿はその髭の感触が気に入ったのだろう。まだきゃっきゃと笑いながら唇の辺りをさすっている。
 「ソロンギル様。」
 呼びかけられて我に返る。
 「は、はい。」
 フィンドゥイラスはいつもと様子の違うこの人を珍しそうに見やった。
 「その子に、ボロミアに祝福を与えてくれませんか?」
 「わたくしが・・ですか。」
 「はい。あなたの祝福を、我が子に。」
 真剣なまなざしがこちらに向けられた。 この方のこんな顔なんて初めて見る。
 凛としたその雰囲気に自然と身が引き締まり、彼はうやうやしく頭をたれた。
 「・・・わかりました。」
 「だう?」
 ソロンギルは瞳を閉じ、軽くうつむく。額に軽く指を添え、心で祝福を詠えた。
 添えた指をそっと唇に当てると瞳を開ける。すぐそこにいるボロミアの顔が目に飛び込んだ。くるっとした瞳がこちらを見ている。
 「・・失礼します、ボロミア様。」
 「 あい 」
 その白い額にそっと唇をあてた。

 少し名残惜しそうに唇を離すソロンギル。
 「ありがとうございます。ソロンギル様。 良かったわね、ボロミア。」
 そう言って我が子に笑いかけると、ボロミアは母親の方に向かって手を伸ばした。
 それを見てソロンギルは母親の腕へボロミアを渡す。
 「あら。」
 「!」
 「 いーる ゥ!」
 再び母親の腕の中におさまったボロミア。しかしその手はソロンギルの人差し指を握りしめたままだった。
 ぷよぷよとした感触が心地良い。
 「だっだー!!」
 ソロンギルの指を握り締めたまま、ボロミアはその手をぶんぶんと振り回す。
 「まあ、ボロミアったら。」
 「・・・ボロミア様には勝てない気がします。」
 「あーい♪」
 そのおひさまのような笑顔に2人はつられて笑い声をあげる。

 「・・フィンドゥイラスさまー どちらにおいでですかー?」
 向こうの方で声がした。
 「あら、侍女ですわ。もう行かなくては。さ、ボロミア。手を離して。」
 そう言って立ち上がる。
 「それではソロンギル様、失礼します。」
 「ばっばーい☆」
 もみじの様な手を振るボロミア。
 「楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます。フィンドゥイラス様、ボロミア様。」
 そう言って小さく手を振った。

 ソロンギルと名乗り、ゴンドールで過ごした中でも、特に印象深い想い出である。


 ふう。とタメ息をもらすアラゴルン。昔を思い出して切なくなった。
 そう、思えばあの時、なのかもしれない。あの時、訳もわからず心が躍った。
 長い放浪の旅で忘れていたのか。いや、良い思い出だからこそ、記憶の底にしまったのだろう。
 「・・・まさか夢の解釈の為に裂け谷に来るだなんて・・しかもこんな時に。」
 列の最後尾でうつむきながら、歩きながらブツブツとつぶやくアラゴルン。

 「ねえ、ガンダルフ。今日の馳夫さんはどこかおかしくないかなあ?朝からムッツリしてるし、歩いている時も上の空だし。どこか気分が悪いんじゃ・・?」
 「フロド。やつはな、今丁度ブルー・デーなんじゃよ。」
 「? 『ブルー・デー』って何?」
 「人間特有の病気じゃ。他の種族にはうつらんから心配はいらん。そっとしとくのが一番の薬なんじゃよ。」
 すました顔で答えるガンダルフに、少し後ろを歩くレゴラスが笑いそうになったのにフロドは気がつかなかった。
 「そうなんだ。大きい人にしかかからない病気なんて・・ボロミアさんはだいじょうぶなの?」
 「ボロミアか。やつは大丈夫だ。うつりゃせんよ。やつはそういう事にはうといんでな。」
 「へえ・・」
 ゴンドールの人は病気に強いんだ。とフロドは勝手に解釈した。
 「フロド。この世とはまこと、不思議なものよのぉ・・・」
 「・・・?(よくわからないけど)そうですね。」
 レゴラスはお腹を押さえて懸命に笑いをこらえている。そんな彼を不思議そうに(むしろ気味悪そうに)ギムリが見ていた。

 「・・アラゴルン。」
 「・・! ボロミア。」
 「どこか具合でも悪いのか?今日は(いつにも増して)変だぞ。」
 「・・・ボロミア、どの位昔の事を覚えている?」
 「・・やぶから棒に何だ?」
 いぶかしげにアラゴルンの方を見る。
 「一番昔の記憶は?」
 いつになく真面目な顔で聞いてくるのでボロミアは仕方なく記憶の糸を辿っていく。
 「・・・・はっきりとは覚えてないが、母上、だと思う。」
 「・・そうか。」
 がっかりとする自分に何を期待していたのかと自問する。
 そんなアラゴルンには目もくれず、ボロミアは眉間にシワを寄せ、さらに思い出そうとしていた。
 「・・いくつの頃かはわからないが、母と、2人きりで外にいた。輝く太陽と・・母の嬉しそうな顔・・・それと、そこに・・誰かいたような・・・」
 「! ・・だ、誰かな?それは。」
 つとめて冷静なふりをするアラゴルンを少し意地悪そうに、でも面白そうに見ているレゴラス。
 「うーん・・父、かな?黒っぽい服を着ていて・・・いや、違うかな。ダメだ。わからない。」
 「そうか・・・」
 「でも、それがどうかしたか?」
 「いや、何でもない。すまないな、変な事を聞いて。」
 そうして少しの間無言で歩く2人。

 「アラゴルン。」
 ぽつりとボロミアが呼びかける。
 「昔の思い出も大事だが、今、という時間も大切だと思う。昔があるから今という時間がある。そして、今を生きるからこそ、昔の時間も大事に思えるのではないだろうか。」
 「・・・!」
 アラゴルンは驚きの表情を浮かべ、ボロミアの方を向いた。
 「何だ。その顔は。 その、私もよくわからないが、そういう気がする。」
 少し照れくさそうに弁明するボロミア。
 「・・いや、その、ボロミア。アンタの言うとおりな気がする。」
 「そうか。まあ、でも、こういうのは人それぞれだとも思うがな。」
 「それはそうかもしれないが、私はアンタの考えが気に入った。」
 この男が素直に人を誉めるのは珍しい、とボロミアは少し嬉しく思った。
 すると、いつの間にかレゴラスが後退していたらしく、ぽんっとボロミアの肩に手を置いた。
 「私もあなたの考えに賛成だな♪ボロミア。」
 「そ、そうか?」
 「そうとも。今のアラゴルンを見てるとね、昔の彼がとてもいとおしく思えるんだ。」
 「昔、のアラゴルン?」
 「そう。今はこんなに小汚いカッコして、育てた恩も忘れて憎まれ口を叩いたりするけどね、エステルだった頃は本当にもう・・・」
 「おい、このエセ王子!何て事を言うんだ!」
 突如乱入してきた上に、昔の話まで持ち出してきたレゴラスに敵意も丸出しにつっかかる。
 「だって本当の事じゃない。」
 「アラゴルン、詳しい事情はよくわからないが、育ての恩がある相手をそういう風に言うものではないぞ。」
 「そーだよ。さっすがボロミア。礼というものを良くご存知だ。」
 「ボロミア、あんたはこいつの本性を知らぬのだ。ダテに3千年も生きていないんだぞ!コイツの腹の内はモルドールの夜の闇よりも黒・・っづァっっ!!!
 ビシィィッッ!!!
 目にも止まらぬ速さでレゴラスのデコピンがクリティカルヒットした。思わず両手で額を押さえてかがみこむアラゴルン。
 「れ、レゴラス、今のはちょっとやりすぎでは?アラゴルン、だ、大丈夫か?」
 「いーんだよ、コレくらい。でもボロミア、あなたは優しい人だね。それに免じてお仕置きはコレ位にしておくよ。ボロミアにお礼を言いなよ、エステル。」
 フフーン♪とハミングしながらレゴラスは再び先頭の方へ歩いて行った。
 「・・あんたは強い人だと思っていたが、彼にはかなわいのだな。」
 「・・・やつは別格だ・・それに、私がどうあがいてもかなわない相手は別にいる。」
 「そんな相手がいるのか?」
 ・・・・まったく自覚が無い、というのもなぜだかくやしい。
 チョイチョイ、とアラゴルンは耳を貸すようにボロミアに指で合図する。正直な執政家の長男殿は興味津々に耳を寄せた。

 「・・私のすぐ隣にいるのだがな。」
 「え!?」

 意外な答えと、急に変わった声のトーンにびっくりしてボロミアは顔を離した。
 「さすがにミルクの香りはしないな。」
 その反応に満足そうな笑みを浮かべ、まだ目を丸くしているボロミアにそうつぶやくと、アラゴルンは歩を速めた。
 「ち、ちょっと待て。どういう意味だ?」
 「美しき過去の想い出だ。でも私は今のほうが気に入ってるんでな。これ以上は言えない。」
 ひょうひょうと答えるとアラゴルンは頭の後ろで腕を組み、すまし顔で進む。それを腑に落ちない顔で見ているボロミア。
 今朝よりも元気そうなその後ろ姿と軽い足取りにふと苦笑が漏れた。
 「まぁ、いいか。」
 そうして少し離れてしまったその背中に追いつこうと駆け出した。

                                                  おわり

 

あとがき
ええと、ソロボロのようなボロソロのような。ええと、ゴルンのソロンギル時代の事を知ったのは同人誌ででした(笑)そこに、何やらソロンギルはボロミアが2歳のころまでゴンドールにいたとか言ってましたので、どうせなら会わせてみました。お子様とゴルン、というのもいいシチェーションかなあ、と。でも保護者付です。というか親公認?
 ボロミアが『・・父かな?』と言ってましたが、デネソールとフィンドゥイラスと赤ん坊ボロミアが、本当に庭でひとときを過ごした事があって欲しいなあ、という希望を込めて言わせました。・・・いつかデネフィンや幸せ親子なんかも書いてみたいです。
 これは、以前アップしたレゴボロ小説「いつかのうたを」の翌日、という設定でゴザイマス。そのくせにレゴラスが前夜に比べてブラックかなあ、と。「いつか〜」の方では、ちょっと良い子ちゃんしてますが。ウチのレゴはブラックです。ブラックレゴりんばんざい!!
 しかし、ボロミアって、好きになれば好きになるほど切なくなりますねー。何て罪作りなお人でしょう・・・