その日、まだ陽も昇らぬ時分に、ソロンギルは旅立とうとしていた。 もう、この都には居られない。そう、思ったから。 まだ明けきれない薄闇の中、馬を引いて城門までやってくる。 「こんな早朝に何処へ行く。」 「!!・・・なぜ、」 そこにはデネソールが立っていた。普段から色白の顔が、暗闇の中でいっそう目立って見える。 「それはこちらの台詞だ、ソロンギル。この様な時に、何処へ行く。」 「・・・わからない。」 いつもとは違う、弱々しい声。僅かに眉を下げるデネソール。 「何処へ行くかも分からぬのに旅立つというのか。」 「・・・少なくとも、私はここに居ないほうがよろしいのではないですか・・・あなたにとっては。」 違う。こんな事が言いたいのではない。 痛い所を突かれて、突っ張って。まるで、子供のようだ。 「・・・・・・ ・」 デネソールは秀麗な瞳を閉じて、薄い唇を一文字に結ぶ。 「一国の将として、今そなたを失うのは大きな損失だ。兵たちにも支障が出るだろう。」 「・・・あなた個人では?」 手綱を放し、一歩デネソールに歩み寄る。 デネソールはちら とソロンギルを見やると、再び眼を閉じた。 「・・・そなたが居ると、心が乱れる。」 静かに言って、眉をひそめる。 「何故、ですか。」 もう一歩、歩み寄る。 「わからぬ。わからないから、困っている。・・・そなたを引き止めるべきか、このまま行かせるか。」 そう言って僅かに拳を強く握るのを、ソロンギルは見逃さなかった。 「・・・やはり、私はここを去るべきです。今の私がここにいても、恐らく意味が無い・・・あなたの障りになるだけだ。」 そう言って、自嘲気味な笑みをもらす。 「大層な理由だな、星の鷹殿。」 キッ とソロンギルを睨みつける。 「怖いのか?何を恐れている、ソロンギル。そなたとあろう者が、一体何を?」 そして我々はいつまで待っていればいいのだ?主無き椅子の元、杖を握り締めながら。いつまで。 ソロンギルの肩をつかみ、自分より幾分高い位置にある黒い双眸を見据えながら、喉の奥から絞り出したような声で問い詰める。 心が乱れるのは己のせいだ。目の前の男の正体に、約束されていた将来に不安と焦りを勝手に抱いている。 本当はどうすべきか、知っているはずなのに、納得しようとしなかった。 だが、今、星の光を失いたくは無い。民にとっても、そして、・・・恐らく私自身にとっても。 「・・・デネソール殿。」 肩を掴む手に、自分の手を重ねる。冷たい手がわずかに動いた。 「今の私では、あなた方に応えられない・・・」 うなだれながら、そして置いた手を僅かに強く握り締める。 闇と同化している様な黒髪が、頬を掠める。 「どうか・・・ゆるして、ほしい・・」 赦して欲しい。百万の人々に咎められても、罵られても構わない。 ただ一人。あなたにだけは、わかってほしい。赦して欲しい。 「・・・」 不意にデネソールは手を放し、マントを翻すと、ソロンギルに背を向けた。 「デネソール殿・・・」 「さっさと行け、ソロンギル。」 いつもと変らない、抑揚のない声。 ああ、やはり、叶わなかったか。こんな自分勝手な想いは、通じるはずがないのだ。 「・・・・・い、」 「!?」 「今は、許さぬ。」 「・・・デネソール殿。」 がっくりとうなだれ、くるりと踵を返すソロンギル。 そうだ、それが普通の答えだ。これは自分にとって都合の良い言い訳にすぎないのだから。 何を今更期待していたのだろう。 そう思って手綱に手をかけると、 「聞こえなかったか?ソロンギル。今は許さぬ、と言ったのだぞ。」 「・・・?」 「・・・・次に、許しを請うのならば、話は別だ。」 「!・・・デネソール殿?それは、つまり・・・」 背を向けたままの頑固な男に向かってゆっくりと歩み寄る。 「二度とは言わぬ。それに、次は来ないかもしれない。」 心では信じたい。だが、己の体を流れる血は、別の未来を予感させる。 期待してはいけないのかもしれない、でも、今は 自分を信じたい。 「・・・私とそなたとでは時の流れが違う・・・せいぜい私が杖を握っている間には・・・っ」 不意に後ろから抱きつかれ、言葉を失うデネソール(彼はこの様な行為に慣れていない)。 「・・・放せ。痛い。」 「声が震えていますよ。こういう事には慣れていませんか。」 「!・・・・図にのるな。」 「戻ります。」 振り払おうとしたデネソールより速く、ソロンギルが強い口調で言った。 「・・・その頃までには、きっと。」 「期待はしない。」 「・・・あなたらしい返事です。」 「最後まで口の減らないやつだな。」 「それはお互い様かと。」 「・・・さっさと行け。」 「もうしばらく、このままで・・・」 「斬るぞ。」 腰の辺りで鯉口を切る音を聞き、慌てて離れるソロンギル。 「冗談の通じない方だ。」 「結構。早く行け。」 別れを惜しむ戯れなど、何の為にもならない。 ソロンギルは無言でデネソールに跪き、深く頭をたれた。 私が戻るまで、どうかこの国を。民を。まもってほしい。 不肖の王が何を思うのかわからないが、その迷いが晴れる日まで、この国はこれまで通り我々がまもっていこう。 そうして、徐々に薄れる闇の中、星の鷹はゴンドールを去っていった。 朝靄の立ち込める中、次期執政殿はその後姿を見送っていた。その姿が消えるまで。 end |
アトガキ ありえねえ!! あの2人に限ってこんなことありえない!!と、後半になっていくに連れ、思っていきました。 どうですかね?こんなデネソール、アリでしょうか?この程度でも何か書いてて、見直してこそばゆい思いでいっぱいでした・・・ 元々は指輪お題の『放浪者』のネタでしたが、せっかくの浮かんだデネソロネタを行数抑えて書いていいのか!?と思いなおし、独立させました。 前にソロデネがイイ!と言ってましたが、今回のこれは、ソロデネなのかデネソロなのか、デネソロデネなのか・・・?一応ソロデネのつもりです。 本当は終盤もっと甘い感じになりそうでしたが、いやいや、デネがこんな反応なんてありえん!!とこの程度にしてしまいました。難しいし、動かしにくいですね、デネソール。 何か一歩進んで三歩下がる位の進展っぷりな気がします。この2人。 どこまで踏み込んでいいのやら迷うソロンギルと、どこか流されそうになっていて、それはいかん!と理性が邪魔をしてどうしていいか戸惑うデネ、というのが理想ですw タイトルの『同極』は、この2人は磁石でいうならSとS、NとNの様な同極な気がしたからです。 同じ磁石なのに、決してくっつく事は無い。近づけば離れてしまう。その辺がなんとなく。 |