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ある夜、ノーチラス号の自室でミナは遅くまで起きていた。ちょっとした好奇心から始めた化学の実験が思いのほか長引いていたのである。 「・・・これでよし、っと。後は明日まで待つだけね。」 そうしてゴム手袋とマスクを外し、軽く背伸びをする。ふと時計に目をやるともう真夜中だったことに気づいた。 そろそろ寝ようかと、頭の後ろでまとめ上げていた髪からピンを外す。ふわりと緩やかに、うねる様に赤い髪が肩へと落ちた。 「・・・mmm」 ミナはふと、寝る前に少しアルコールを摂ろうと思い立ち、厨房ヘ向かう事にした。 カツ カツ カツ… 静かな、そして暗い闇の中に自分の靴音がやけに大きく響く。 今はこの闇が心地良い。 そう感じながら進んでいくと、ある部屋から明かりが漏れているのが見えた。 「・・・この部屋は、書庫。」 ネモ船長かジキルでもいるのだろうかと思い、そっと扉を開けて中を覗き込んでみた。するとそこにいたのは・・・ 「・・・Mr.ハイド?」 ソファには収まりきれない大きな体がそこにあった。ミナの声を聞くと慌てたようにハイドが振り返る。 「・・・・なんだ、アンタか。」 機嫌の悪そうな声。 「こんばんわ、Mr.ハイド。こんな時間に何を?」 そう言って少し驚いた様に部屋の中へ入っていくミナ。ハイドの手の中には一冊の書物があった。 「・・・書庫で寝る趣味もなけりゃ、食事をする習慣も持ち合わせてない。」 ぶすっとした顔でぶっきらぼうに答えるハイド。 「こんな時間に読書?」 そうして本をちらっと覗き込む。 「・・・シェリー(※)だ。」 「シェリーって、パーシィ・B・シェリー?」 ミナの問いに無言で本の表紙を見せると、そこには”Percy Bysshe Shelley”の文字が書かれていた。 「・・・俺が本を読んでいるのがそんなに珍しいか?」 多少あっけにとられているミナに短いため息をついて尋ねる。 「あ、ごめんなさい。でも、正直少し驚いたわ。」 「・・・俺はこんなナリだが、馬鹿じゃない。俺とヘンリーは色々共有していてね。ヤツの知識は俺の知識、俺の経験はヤツの経験・・・なんならシェイクスピアでも諳んじるか?それとも最近流行りのイエーツがいいか?」 「・・・」 少し自慢げに、そして自嘲気味に言ってのけるハイドを、ミナはしげしげと見つめた。 「・・・何だ?」 その視線に戸惑う様な顔をするハイド。 「Mr.ハイド、読書が好きならどうしてこんな真夜中に?」 「この時間帯が一番静かで落ち着くからだ。うるさいヤツらもいないしな。」 自分が読書などしていたら周りが何かと騒ぐだろう。あのキザ野郎なんてどんなイヤミを言ってくるか。 煩わしいのだ、色んなものが。そう、思っていた。だけど・・・ 「それは、そうだろうけど・・・」 もっと日の目に当たればいいのに。外の世界を知ればいいのに。 本に書かれている事をどれだけ読んでも、ほんものの空気を、音を、目に入るものを自ら感じとる事のほうがどれだけ素晴らしいか。この人は知っているのだろうか・・・ それでも、人には色んな事情がある。彼だって、そして私だって。 だから、軽々しく口にしてはいけないのだ。でも、せめて、 「・・・確か、Mr.ジキルは医学と法学が専門だったわね?」 「ああ、それがどうかしたか?」 「私の専門分野は化学なんだけれど、よかったら、明日実験を見学に来てみない?」 「!!」 「その、もし、興味があればの話だけれど。」 そう言ってミナは優しく微笑んだ。 「・・・・考えておく。」 ハイドはポツリとそう答えた。 「では、お待ちしているわ。それじゃあ、私はそろそろ寝るわね。おやすみなさい、Mr.ハイド。」 くるりと振り返るとミナは静かに扉を開けて部屋から出て行った。 誰もいない扉をみつめるハイド。 変な女だ。 彼女だけじゃない。このチームの連中ときたら、そろいもそろって変人ばかりだ。 それでも、今まで出会ったやつらとは、違う。 「・・・こんな感じは、久しぶりだ・・・」 悪くない。 そうしてハイド氏は口の端をわずかに上げた。 -翌朝- ジキルが部屋の鏡でネクタイをしていると、ハイドが顔を出してきた。 「や、やあ、おはよう、エドワード。今日は随分早いんだね。」 「ヘンリー、メシが済んだら俺と交代しろ。」 挨拶もなしにギロリとジキルを睨む。 「交代って・・・どうして?」 「・・・お前が思ってるような事はしないさ。ただちょっと外の空気を吸いたいだけだ。」 「・・・わかったよ、朝食が終わったらでいいんだね。」 「忘れるなよ。」 ギロリともうひと睨みすると、ハイドは姿を消した。 ダイニングへ向かう途中、ジキルの顔はわずかにほころんでいた。 エドワードが僕に交代の了承を得るなんて、今までには無かった事だ。どんな心境の変化かわからないが、ジキルはその事が嬉しかった。 「・・・この感情もエドワードには伝わっているのかな?」 伝わっているのはどちらの喜びか。 それは本人たちしか、わからない。 |
あとがき ・・・申し訳ありません。 ハイド&ミナというお題を頂いたのですが、こんなんなっちゃいました!! 始めはほのぼの系を目指していたのですが、いつのまにかハンパなシリアスになってしまったような・・・ 少しでも気に入って頂けるといいのですが。 ハイドはあんなナリをしてるけれど、知識はあると思うんですよ。だから多少高尚な本も読んだりするだろうと思って書いてみました。 ちなみに、この2人は感情も共有する、というか伝達できるのであれば、と仮定して、ミナに呼ばれて嬉しいと思うハイドの気持ちがジキルに伝達しているのか、多少自分に歩み寄ってくれたハイドに対して嬉しいと思ったジキルの気持ちがハイドにも伝わっているのか。最後の文はそういう事を示しています。 ※Percy Bysshe Shelley(1792-1822) 自由思想に大きな影響を受け、空霊的なものや理想美(人間が自由になるために必要な物である、と説いている)をうたった詩人・思想家。 この話でハイドが読んでいたのは『詩劇(1820)』(人間の自由を開放する、という内容)という設定です。 ・・・この辺ノートを丸写しです。私は詩の方はさっぱりで(だからといって小説に詳しい、というわけでもありませんが)詩劇の具体的な内容すら知りません・・・ |