1: ○ ブラインド ○ 「なあ、ソーヤー。ひとつ聞いていいか?」 ある日、スキナーはノーチラス号の長い廊下でキャッチボールを(もちろんネモには無断で)して遊んでいた。 白いボールが2人の間を飛び交う。 「何?」 「ドリアンの屋敷でお前に会ってから、今の今まで一緒にいたけどサ、どうしてお前いっつもクォーターメインと一緒にいるんだ?」 「・・・そう?」 パシッ と白いボールを受け止めながら少しの間考える。 「なんだ、自覚なしかよ。いつ見てもあの人にくっついてるじゃないか。」 何やら肩すかしをくらった感じのスキナー。 「そっかー、いつも一緒にいるっけ?特に意識してる訳じゃないけど・・・何でだろう。 アランは僕をチームに入れてくれたし、2人とも銃が好きだし、それに、」 「それに?」 「アランの話聞いてるの面白いよ。僕、本を読んだりするのは苦手だけど、アランの話はその辺の小説より面白いと思う。・・・どれも事実だし。」 「話、ねぇ。」 と呟きながらスキナーは球を放る。 何だかんだ言って、クォーターメインはソーヤーには甘いよな。甘やかしてる自覚も無ければ、甘やかされてる自覚も無い。・・・・ん?それって、つまり・・・ 「スキナー、コレ誰にも言うなよ。実はさ、なんかアランといるとさ、落ち着くんだよね。その、さ、まるで父親といるみたいで。」 バシッと強めに球を投げる。 ああ、そういう事か。親子ね。 「いいんじゃない?見えない事もないぜ。」 「ホント!?」 「ああ、ホントホント。仲睦まじくって妬けちゃうね。」 「へへっ」 嬉しそうに笑みを浮かべるソーヤー。 「あ!」 ソーヤーの手元が狂って、ボールがあさっての方向に飛んでいった。 ガツン!! ボールが近くの扉に当たり、思いっきりへこんでしまった。 「あ!バカ!!ドコ投げてやがる!」 「あー!ゴメン!つい、手元が。 あちゃー、ヘコんじゃった。」 すると曲がり角から足音がやって来る。やって来たのはアランとネモだった。 「・・・おい、お前達ここで何をしてた?今何か音がしたぞ!」 「ヤバ!逃げよう!」 そう言うとソーヤーは駆け出す。 「オイ!ずるいぞ! あ、アイツがやったんだぞ!じゃ!」 スキナーは走りながら手早くコートとサングラスを外して逃げて行った。 その晩、結局2人は掴まって(さすがハンター)まずはネモにキャッチボールの事を注意され、その後逃げた事をアランにこっぴどく叱られた。 しかし、2人ともどこか嬉しそうな顔をしていたとか。 2: ○ ぬくもり ○ | ドリアン・グレイの仕掛けた爆弾によって、ノーチラス号は大きな被害を被った。しかし、ハイドの活躍により、沈没は免れた。残ったリーグのメンバーとクルーは大急ぎで船の修理に当たっている。 アランとジキルが重そうな机を動かそうとその両側に立つ。大きな机がゆっくりと持ち上がって、元の位置に戻った。 「・・・・っ」 アランが僅かに左肩の辺りを押さえる仕草をジキルは見逃さなかった。 「!ミ、Mr.クォーターメイン!すみません!忘れてました。貴方は左肩に怪我を・・・」 「いいや、この位平気さ。応急処置もしておいたから。」 「ダメです!ちゃんと手当てしないと。化膿したら大変です!・・・僕たちはまだ貴方が必要なんですから。いざという時肩が痛くてライフルが撃てなかったらどうするんです?お願いですから、手当てさせて下さい!すぐ済みますから。」 ジキルの熱心な勧めでアランは手当てをする為に医務室へ向かった。正直この状態で重いものを扱うのはキツかったのである。 医務室に着いてアランがベストを脱ぐと、その裏側には血が付いていた。その下の白いシャツには既に赤黒くなった血が沁みている。それを見て眉をしかめるジキル。アランがゆっくりとシャツを脱ぐと、その下には傷だらけではあるが若者にひけをとらない程の鍛え抜かれた体があった。 「・・・相当深いですね。これはちゃんと手当てしなければ・・」 傷口の周りの血を濡れたタオルで拭き取る。そして清潔な布に消毒液を染み込ませた。 「少し滲みますよ。」 そう言ってから布を傷口にあてがった。 「・・!」 僅かに眉を歪めるアラン。 次にジキルはガーゼを取り出し、その真ん中に塗り薬をたっぷりとつけて傷口にあてがうと、上からテープで押さえる。 「完全に治るまでどれ位かかりそうかな?」 「そう、ですね。安静にしていれば、1,2週間ですが・・・」 「今は安静な時間なんて取れそうに無いからな。」 「・・・無理はしないで下さい。」 「善処しよう。」 そうして包帯を取り出し、ぐるぐるとアランの肩から胸にかけて巻いていく。 「・・・すみませんでした、Mr.クォーターメイン・・・」 包帯を巻きながら弱々しい声で呟く。 「おいおい、ジキル。どうして君が謝るんだ?むしろ私が君にお礼を言わなければならないのに。」 ぶるぶると首を振るジキル。 「違うんです・・・僕が、あの時エドワードと代わっていれば、状況が変わっていたかもしれない・・なのに、僕は・・・皆が戦っていた時、僕は・・・・自分がどんな条件でこのリーグに参加していたかも忘れていた・・・」 「・・・この怪我は私の不注意さ。君のせいでは無いよ。それに、今こうして我々が生きているのは君達のおかげだ。」 「それは結果論です。いつも上手くいくとは限らない。・・・僕は、怖かったんです。アイツが、何を考えてるのかわからなかった。・・・アイツはありとあらゆる罪を犯してきました。強盗、窃盗、強姦、暴行、殺人・・・男も女も老人も子供も。そして僕はその一つ一つを覚えているんです。・・・・もう、あんな思いはしたくなかった・・・・すみません、すみません・・・・」 がっくりとうなだれるジキル。 アランは椅子を寄せると、怪我をしてない方の肩にジキルの頭を乗せた。ぴくりと肩を浮かせたジキル。 「・・・ジキル、私のほうも謝らねばな。君がそんなに重いものを抱えているとは知らず、無神経な事を言ってきた。すまない。だが、ジキル、今回の件で君たちも一歩前進したんじゃないのか?少なくとも私はそう見ているが。それに、今や私だけではない、君達も必要とされているんだよ。気づかないのか?」 最後の方は少しおどけるように囁くと、ぽんぽん とジキルの肩を優しくたたいた。 はたはたとアランの肩に雫が落ちる。 「・・・クォーターメイン・・・ありがとうございます。」 背中に置かれている手があたたかい。肌にも、心にも。 このぬくもりが、エドワード、君にも伝わっていればいいのだけれど。 3: ○ 年の功 ○ | 「グレイ、」 ある昼下がり、ノーチラス号内に割り当てられたドリアン・グレイの部屋に、アラン・クォーターメインが訪ねて来た。 その時眉毛の手入れをしていたグレイは突然の来客に不敵な笑みを浮かべ、喜んで迎え入れる。 「やあ、ごきげんよう。君のほうから尋ねてくれるなんてどういう風の吹き回しかな?アラン。」 そう言って向かいのソファに座る様に促した。ソファに腰かけたアランはしばし手を弄んだ後、口を開く。 「その、グレイ。単刀直入に言うが、ソーヤーをあまりからかわないでくれないか。最近目に余る様な気がするんだ。からかい方にも色々あるが、あれはあまりよくない。」 その言葉を聞くやいなや、それまでゴキゲン顔だったドリアン・グレイの顔から笑みが消えた。 指先に付いたまつ毛をふうっと吹き飛ばす。 「なんだ。そんなことか。」 つまらなそうな声。そしてすくっと立ち上がると部屋の中をゆっくりとコツコツ音をたてながら歩き回るとアランの前で足を止め、くるりと向き合うように立つ。 「気に入らないね、アラン。もっと楽しい会話ができると期待してたのに。」 黒い双眸から、柔らかくも鋭い視線が向けられる。 「・・・アンタがどんな話を期待してたか知らんが、私はチームの為に言ってるんだ。仲間内でいざこざが起こるのはごめんだからな。」 その視線に臆することなく老練の冒険者は己の視線をぶつけた。 「君にとって赤ん坊みたいな年のソーヤーをからかっておもしろいか?だとしたらソイツはちょっと意地悪だと思うがね。」 「・・・長生きしてるとね、並大抵の事じゃ驚かなくなるんだ。ある程度の刺激と楽しみがなけりゃやってられないんだよ。・・・まあ、君には理解し難いだろうがね。」 そう言って笑ったドリアンの微笑みに、アランは奥行きの知れない感情が含まれているような、そんな感じを覚えた。 「しかし、私に言わせてもらうならば、君はあの青年に少し甘いんじゃないか?」 「そんな事はない。」 「それもまた気に入らないね、アラン。」 いつもの彼の調子に戻ったらしく、余裕げのある表情を浮かべてドリアンはアランの横に腰かけた。少し嫌そうな顔をするアラン。それを見て嬉しそうに微笑むドリアン。 「まあ、昔のよしみで君の言う事も聞いてやってもいいかな。だが、」 ドリアンはサイドテーブルに置いてある細かい細工のダンブラーに、これまた年代もののウイスキーを優雅な手つきで注いだ。 「だが、何だ?」 訝しそうにその様子を見つめるアラン。 ふっとドリアンが柔らかな笑顔を漏らすとふたつのダンブラーの内の一つをアランに渡した。 「・・・たまに話し相手になってくれないか?君のような経験豊かで聡明な人間と文化的な会話をするのは好きだからね。それ位いいだろう?Mr.クォーターメイン。」 そう言ってダンブラーを傾ける。 「まあ、それ位なら構わんが・・・」 意外な提案に少し唖然としながらも、案外簡単に事がついたと胸をなで下ろしながら、アランはダンブラーをカチン と鳴らした。 「cheers」 そうして一気に中身を飲み干す2人。 「・・・美味いな。」 「じゃあ、もう一杯だけ振舞おう。昼間から酒だなんてミナに知れたら文句を言われるからな。」 「それはそうだな。」 少し目元が緩んだクォーターメインにドリアンが再び酒を注ぐ。 左手に酒の入ったボトルを持ったドリアンは、空いた右手で不意にアランの肩を掴むとそのまま顔を寄せた。 酒の苦い香りが鼻に、僅かに残った味が唇から舌に伝わる。 「!!!」 驚き慌ててアランはドリアンを突き放す。にやにやとしてやったり顔のドリアン。ペロリと唇を舐めると、 「ご馳走サマ」 と微笑んだ。 「・・・!!!」 何か言いたそうに口をぱくぱくさせるアランを見て、愉快そうにもう一度ドリアンは微笑んだ。 「人生には刺激が必要だよ、そう思わないか?Mr.クォーターメイン。」 4: ○ 灯火 ○ | 思えば、随分と長い間、冒険に身を委ねてきた。 平穏と言う言葉には縁遠い日々。数え切れないほどの出会いと別れ、 そして、後悔の数々。 いつからだろう。自分の行為を悔やむようになったのは。 いつからだろう、見えない明日の事を気にするようになったのは。 こんな事を考えるなんて、そりゃあ年を取ったはずだ。眼鏡がなければ獲物を正確に狙えない様になってしまったのだから。 そう、改めて思うのは目の前を走る若者のせいだろう。 その行動のひとつひとつ、言動のひとつひとつにかつての自分を重ねてしまう。 かつての自分にあふれていたもの、今の自分にはないもの。 うらやましいと言うのは正直な所だが、それと同時に安堵する。時を越えて受け継がれるものは確かに存在するのだ。 色んな物が目まぐるしく変る世の中だけど、変らないものがあるのだと。 消えそうなこの光を、どうか。君が見るであろう、未来へ。 その先を照らし続けるように。 5: ○ あまおと○ | しとしとしとしと 薄暗い倫敦に雨が降り続ける。じっとりとした空気、じめじめした湿気が嫌が応にも人を萎えさせる。 それは常人ならぬ者たちも同じ事。 「う〜〜〜。。。。」 ソーヤーは本を読むのを止め、机の上に突っ伏した。 「なんか、こう、じめーっとしてイヤな季節だね、アラン。」 マホガニーの机で同じく読書をしていたアランに話しかける。 「今の時期のロンドンはこんなものだ。」 本から目を離さずにさらりと答える。 「なんか集中力が切れるなあ。ねえ、アラン。気分転換に面白い話でも聞かせてよ。」 「断る。」 「ええーー!!」 「今いい所なんだ。読書に飽きたのならスキナーにでも遊んでもらうんだな。」 「うーーーー。アランのケチ。」 「そっちの我慢が足りないんだろ、坊や。」 「うっ・・・」 まんまとやり込められたソーヤーは頬を膨らませると、どさっとソファに仰向けに寝転んだ。 しばらくぼやーっと天井を眺める。 静まり返った部屋には さあっ という雨の音と、時折 さらり と本のめくれる音が聞こえていた。 そんな中で、ソーヤーは はたと 気づく。 (何でだろう。何も話をしないのに全然気まずくない。この部屋にたった2人しかいないのに。) それは奇妙な感覚だった。 (それに、鬱陶しいと思ってた雨が、何かキレイな音の様な気がしてきた。) こんな静かな場所でじっくりと雨の音を聞いた事がなかった。 (何か、いいな。こういう感覚。・・・アランのおかげなのかな?それとも僕のせいなのかな?) ぱたん アランが本を閉じる。ふとソファに目をやると、すーすーと寝息を立てているソーヤーがいた。 苦笑いを浮かべながら静かに毛布をかけると、ついでにさらりとした金髪にそっと触れてみる。 わずかに口の端を持ち上げたソーヤーを見て、今度は優しい微笑みを浮かべながら、アランは 再び椅子に座り、目を閉じて雨の降る音に耳をすませていた。 |
リーグの小話集の第2弾です。もう発売&レンタル開始したので、今度からはゆるゆると更新します。・・・最近この形式がやり易い・・・ 1: チームをどこか擬似家族の様に思ってしまう2人でした。こう、2人とも、何か情というか人との繋がりを求めてたりしてないかなあ、と思って書いてみました。 2:・・・このリーグ唯一の受け受けコンビで書いてみました。ジキアラジキなのかアラジキアラなのか書いてる私もさっぱりです。アラン&ジキル(50音順)ってコトで。小説を見ながら思いつきました。映画では怪我を気にしてる様子がなかったもので。 こうなったらオールキャラの様々カップリングでイクゾー!! あ、ここでのハイドは原作コミック版、という事で。 3:ふと気がつくとドリアラが好きとか言いながら書いてなかった事に気がつきまして。そんでドリアンさんはオトナなのでこの様な次第とあいなりました。ドリアンにかかればアランだって赤子なんですよ。年齢的には。 4:灯火(ともしび) いや、何かポエムチックになってしまいましたね。最期のシーンで、影の中に倒れるアランと、光の中で立ち尽くすソーヤに、何かしらの意図があると思うのですよ。若者は未来を生きろ。 アランからソーヤに何かが託されたシーンだと思うのです。その辺を意識しながら書きました。 5:何気ない日常を書きました。 |