裂け谷、−エルロンドの館− いつの頃からか常に秋の色あいを映し出す様になったかの地で、エルフと人とドワーフと魔法使い、そしてホビットを加えての秘密会議が行われた。 結果、指輪はモルドールの火山へ捨てる事となり、それを行う者とそれを手伝う者たち、すなわち9人の旅の仲間が結成された。 会議が終わり、各々はそれぞれにあてがわれた部屋へ引きとって行く。 人間の、そしてゴンドールの代表として出席し、旅の仲間にも名前を連ねたボロミアはベッドに腰かけ、短くため息をつく。 会議の中で知った。ガンダルフの友人だと言ったあの野伏が、永い間行方知れずとなっていたイシルディアの末裔、自分が仕えるべき王である、と。 予想外の出来事に彼は珍しく戸惑っていた。 気分を変えようとテラスに出てみる。まるで絵画の様な優雅で幻想的な風景にしばしボロミアは言葉も考え事も忘れ、見入っていた。 「ちょっと待って!」 突然頭上から声をかけられた。声のした方を見やると、上の部屋のテラスからだった。そこに居たのは会議にも出席していたエルフであった。 ふわっ、とまるで花びらが春風にのって舞う様に、彼はそこから飛び降りた。 「レゴラス・・殿。」 「名前は覚えてくれたみたいだね。」 にこっ、と屈託のない笑顔で応じる。 「さっきの会議では少しキツイ事を言ってしまったね、すまない。ついカッとなって。」 「い、いや、気にしていない。大丈夫だ。」 「えっと、ボロミア、これから一緒に旅に出るもの同士、もっと気軽に接してくれていいよ。改まれるとその方が困ってしまうから。」 会議の時は気がつかなかったが、目の前のエルフは秀麗な顔をしていた。彼に限った事ではない。ここで見かけたエルフは皆美しい顔立ちをしている。弟が教えてくれた通りだとボロミアは思った。 「では・・・レゴラス。私に何か用でも?」 「もちろん。あなたはここに来たばっかりなんでしょう?出発までまだ何日かあるし、あなたが良ければここを案内しようかと思って。それに、アラゴルン以外の人間は珍しいし、色々話も聞きたいと思ってね。」 「はあ、私は別にかまわないが・・」 「よし、決まり!じゃ、コチラへ・・・」 そう言うが早いか、レゴラスはボロミアの腕を取り、早足で歩き出す。 「え!?あ、わ、」 細い腕に似合わない強い力でがっちりと掴まれ、少し引きずられるように歩くその姿は少しこっけいに見えた。はて?ファラミアが教えてくれたエルフとは大分違う感じがする。まるで人間の若者のようじゃないか。 「ち、ちょっと、レゴラス?もう少しゆっくり・・」 「ああ、すまない。ちょっと浮かれてたんでね。 散歩だものね。歩かなきゃ。」 言葉とは裏腹に悪びた様子はまったくなく、レゴラスは腕を放した。 「して、私をどこへ案内してくれるのだ?」 背筋を伸ばし、衣服を正しながら尋ねる。 「ああ、裂け谷を一望できる所があるんだよ。どう?興味はあるかい?」 「ここを一望・・それは面白そうですな。」 「では、ご案内を。」 そうして2人は館を出ると、おしゃべりを交えつつ、裏側にある岩山に向かっていった。 元々国では多くの部下を率いていたのである。人と話したり打ち解けたりする術を自然と身につけていたボロミアはこのちょっと風変わりなエルフの若者ともすぐに打ち解けることができた。レゴラスにしても新しい人間の客人に興味深々だったので,次から次へと質問を浴びせていた。 やがて2人は裂け谷に連なる岩山の随所にある階段の一つを登っていく。 「ああ、・・・これは・・」 階段を登りきり、レゴラスに導かれた先に立つと、ボロミアは驚きの声をあげた。双方の瞳が大きく見開く。 景色が、至高の芸術作品が視界いっぱいに広がった。 崖から流れ落ちる滝にはうっすらと水煙がたちこめ、ゆっくりと下降している。 岩や崖とその境界線が曖昧な建物がそこかしこにあり、そのどれもに美しい、凝った細工が施されている。 木々はどれも秋の装いではあるが裂け谷全体を彩っており、時折吹く柔らかな風にのって、ひらひらと赤や黄色の葉を舞わせていた。 そのひとつひとつはそれだけでも美しく、感嘆に値するものであるが、それらが一箇所に、この地に集まって互いに溶け合い、存在する姿はさらにその魅力を増し、より一層見る者を惹きつけていた。 「・・どう?ご感想は?」 しばらくの間立ちつくすボロミアをひょいとのぞきこむ。 「・・美しい。」 視線を動かさないまま答える。 「・・どんな優れた詩人でさえ、この美しさを称える為の言葉を見つけるのには苦労するだろう。」 今度は振り向いて答えた。その言葉に満足そうに微笑むレゴラス。 そして、またしばらくの間、2人は景色を眺めていた。その沈黙を最初に破ったのはレゴラスであった。 「・・聞きたい事が、あるんじゃないのかい?」 「・・ああ。」 「・・アラゴルンの事だね。」 「・・そうだ。あなたは、彼のことを知っているのだろう?」 レゴラスの方を向いて尋ねた。向き合う2人。 「どうして彼は、・・いや、彼は今までどこで暮らしていたのだ?」 「・・幼い時に母君に連れられてここへ。そして一時期私の故郷の森でも暮らしていた。」 「彼は、自分がイシルディアの末裔だと知っていたのか?」 「・・知らされたのは成人してからだ。」 「なぜ彼は故国に、ゴンドールに帰ってこなかったのか?」 「・・それは、私にもわからない。彼は全てを話したわけではないから。」 「・・そうか・・・」 しばしの沈黙。 すると、ボロミアはレゴラスが他の何かに目をやったのに気がついた。 「あっ」 レゴラスがしまった、という様な顔をする。 「あれは・・」 彼の視線を追ってボロミアが目にしたのは話の当人、アラゴルンの姿だった。 「隣にいるのは・・」 距離があって顔の判別はつかないが、着ているものや流れるような黒髪は見てとれる。 「・・アルウェン姫だ。エルロンド卿の娘の。」 「アルウェン殿・・・まさか、あの2人は・・」 帰らぬ王、ここで育った彼、そして今見た2人の様子とそれを見つけた時のレゴラスの反応。すぐに察しがついた。 「ボロミア、彼の心配事はアルウェン殿だけではないんだよ。イシルディアの血を引いている事、それ自体にも苦しんでいるんだ。」 「なぜ!?王の直系の血を引いてるというのに?」 「だからだよ。くだんの指輪を葬る事ができなかったかの人の血を引くが故に。」 美しい顔に眉を寄せて話す。 「ボロミア、よく聞いて欲しい。あなたはあの指輪を天からの授かり物だと言った。しかしあれは冥王の手によって作られた忌まわしい物だ。ある者から見れば宝となり、別の者が見れば災いとなる。 それと同じで、古の王の血もあなたから見れば誇り高き栄誉あるものと見えるが、彼にとっては必ずしもそうとは限らない。わかるかい?」 「・・・・・」 ボロミアはちらっとレゴラスを見て、再び遠くのアラゴルンとエルフの姫を見た。 「・・・わかった。わかったよ、レゴラス。」 小さくつぶやいた。 「ボロミア」 そうしている内に下の2人は建物の中に入って行った。 ボロミアは目を閉じたまま、空を仰ぐ。 すう、と風がひらめき、ボロミアの蜂蜜色の髪をそっと揺らした。 それを目にしたレゴラスは思った。あの色はここの景色と良く合っている。日の光を映したような、まるで彼自身のように、あたたかく、心地良い気持ちにしてくれる。 すっ とレゴラスの腕が上がる。彼はその白く細い手の甲でボロミアの横顔に触れた。 「あなたは賢いひとだ。ボロミア。あなたは人の気持ちをわかってやれる。」 見る者全てを和ませる様な笑顔。その笑みを正面から受け、横顔をなぞる手にそっと頬を合わせる。目を閉じて、まるで極上の絹のような感触をしばしの間楽しんだ。 少し前まできつく結んでいた口元がほころぶ。それと同時に心の中に陽光が射しこんできた様な、そんな感じを覚えた。 「・・笑った。」 目を開ける。 「・・貴方は、良い人だ。それに優しい方だ。」 そう言って彼は横顔に添えられた手に、感謝の意を込めてそっと触れた。 「それじゃあ、そろそろ戻ろうか。じき夕食だ。今日はいろんな事があったからね、今夜はゆっくり休まないと。」 「そう、ですな。」 もと来た道を引き返す。 「厳しい旅になるのだろうな。」 「おや、そんな弱気なセリフ、あなたには似合わないよ。大丈夫、きっと上手くいくよ。そんな気がする。」 迷いの無い声。 「たのもしいな。道中よろしく頼むよ、エルフ殿。」 「こちらこそ、あなたの様な偉丈夫が隣にいるだけで心強い。」 互いに肩や背中をたたいて歩いていく。 「あぁ、でも、あのドワーフと上手くやっていけるかそれだけが心配だなあ。」 会議の時、あからさまに敵意を向けていたドワーフの事だ。 「何、大丈夫さ。あのドワーフ殿は口こそ荒いが、根は良い御人だと思う。」 「あなたがそう言うのなら、僕も努力しよう。仲間だものね。」 「・・私も彼を、アラゴルンのことが理解できるよう、がんばってみるよ。」 「そうだね、互いにね。」 そう言ってレゴラスは、ぱっとボロミアの腕をとると早足で歩き出す。 「あ。・・また・・」 おぼろげな足取りでそれについていく。 こんな状況だというのに、どうして陽気でいられるのか。 それはこの、日の光のような髪と笑顔のせい。 側にいるだけで心が躍る。 ついさっき、会ったばかりなのに。 興味がある、それだけじゃない。 そう、これは、 これはまるで・・・ fin |
あーとーがーきー そう、それはまるで恋!なのだよ、レゴラス君。 お、おかしい!?こんなにシリアスにするはずなかったのに。もっとコミカルでギャグっぽくするはずだったのに! そして、アラゴルンのソロンギル時代の事を知ったのはこれを書いた後でした。 しかし、今回はレゴボロでっす。ほのぼのーなかんじ。映画も原作もあまりカラミはありませんが、好きなんです。それにLORにハマって、まだ間もない頃にレゴボロ本に出会ったせいか、それともオーランドのビーン・ボーイ話を聞いたりしたせいか、最近何かと気になる2人です。 いやですね、LORにおいて相手の頬をなでくりまわすってのは親愛の表現だと思うんですよ。映画でも、アラとアルウェン、アラとガラ、ビルボとフロドがこの動作やってます。今回それをこの2人でやってみました。 初めは手の甲で、次に親指、その後手のひらで包み込むようになでくるんですね。今回のそのシーンは割と気に入ってます。傷心のとき、落ち込んでる時に優しくされるのって、結構ポイント高いと思うのですが。 レゴとアラのボロミー争奪戦、姑ファラミア付き。なんかを今後書いてみたいなあ、と。(どんな話だ) それでわ。 |