リーグの一行は、イタリアの都市・ヴェニスに向かう途中だった。アランはノーチラス号の自分にあてがわれた部屋で小説をを読みふけっていた。 「ふむ。やはりホームズは面白い。これは後世に残る偉大な作品になるに違いない。」 彼が読んでいるのは《シャーロック・ホームズの冒険》。ヴィクトリア朝ロンドンを舞台に、探偵・シャーロック・ホームズが友人のワトスンと活躍する推理小説である。 本をを一通り読み終えると、アランは紅茶の残りを飲み干した。インド直輸入のアッサム・ティーのストレート。カップをカチャリと置き、立ち上がると背伸びをした。 さて、今日はこれから何をしよう。ネモから何か本を借りようか。ジキルとチェスをするのも悪くない。 そう考えていると、いきなり部屋の扉が乱暴に開いた。飛び出してきたのはトム・ソーヤであった。 「アーランー!!今ヒマ?僕もヒマでしょうがないんだよね。だからサ、かくれんぼしようよ、かくれんぼ。この船やたらとデッカイからさ、やりがいあるぜ、きっと。」 そうまくしたてながら、どかっとソファに座り込む。アランは片手で頭を押さえた。 「Hey, you boy! 前に言っただろ?子守はゴメンだと。」 「ああ、覚えてるよ。でも僕は子供じゃないぜ。見ればわかるだろ?」 「見た目は大人でも中身はまったくの子供だ。」 「だってサ、トム・ソーヤーは『永遠の少年』だよ?それが無くなったらアレだよ。アイデンティティーのホーカイってヤツだ。」 「意味をわかって使ってるのか?」 「いや、よくわかんない。で、かくれんぼは?」 「お断りだ。たまには大人しく本でも読んだらどうだね?Mr.エージェント。」 「僕、体育会系だから。読書キライ。」 そう言ってぷいっとそっぽを向く。 アランは思わず苦笑した。 このアメリカの青年は言動や行動に子供っぽい所が多い。だが、なぜか憎めない雰囲気も持ちあわせているのだ。 こういうタイプの人間の扱いは何となくわかっている。 「まあ、そう言わず読んでみないか?ホームズなんて私も大好きなんだがね。一話完結の短編だから読みやすい。」 そう言ってアランはホームズが連載されているストランド・マガジンのバック・ナンバーをトムの目の前に置いた。 それを手に取り、ぱらぱらとめくってみると挿絵が全体に渡ってついているのが目に付く。 「ふーん。アランが面白いって言うなら、読んでみようかな。」 足を組み、その上に雑誌を広げ、ページをめくり始める。それを確認するとアランは紅茶を淹れ始めた。 トムのぶんのカップを取り出し、カップを温める為にお湯を注ぐ。そして透明なティーポットに2人ぶんの葉を入れ、お湯を注ぐ。 そうして2分くらい経った後、カップのお湯を捨てて、ポットの紅茶を注いだ。 トポトポトポ・・・ 音と共に紅茶の香りが辺りにたち込める。アランはカップに注いだ瞬間のこの香りが好きだった。 「トム、紅茶だ。」 カップをテーブルに載せた。 「うん・・・ありがと。」 「・・・」 ほほう。 アランはにやりと笑った。 初めは足を組み、片手でページをめくって読んでいたトムが、今は足を下ろし、両手で雑誌を握り締め、かぶりつくように読んでいるのである。 アランはトムの向かいのソファに腰かけ、紅茶に口をつける。 本をめくる音を聞きながら、彼が読み終わるのを待っていた。 静かに、ゆっくりと時間が流れていった。 やがてトムが本を閉じる。テーブルの紅茶はすっかり冷めてしまっていた。 「アラン、これ、とーーーっても面白いんだけど。」 「そうか。そうだろう。」 「スゴいね、このホームズって人。その・・ドコがって聞かれると上手く言えないんだけど、とにかくスゴイよ。彼ならリーグにも入れるだろうな。」 「ロンドン、いや、イギリス中の人が夢中になってる小説さ。」 「もっと読みたいな。」 「短編集があるが、持って行くか?」 「うんうん、貸して貸して。」 そうしてアランは本棚に向かって行く。その間にトムは冷たくなった紅茶を一気に飲み干した。 「たまには読書もいいだろう?」 「そうだね、こんな面白い本もあるのなら。教えてくれてありがとう、アラン。」 にっこりと嬉しそうに笑うトム。 何か新しいものを発見した時の喜び。自分もその喜びが忘れられず、それを求めて冒険家の道を選んだ。 その道は確かに彼に新しいものを与えてくれた。しかし、失ったものも・・・ 「アラン?」 「・・・礼を言われる程の事じゃないさ。」 そう言ってアランは短編集を手渡す。 「さってと。この本は夜に読むとして、アラン、」 「何だね?」 「何して遊ぼっか!夕飯までまだ1時間はあるよ!」 「・・・・・」 END |