「・・・君、少しばかり太ったかい?」 「え!? そ、そうかなあ、やっぱり…」 ベーカー街・221B号室。 ホームズとワトスンの2人は長椅子に腰掛け、パイプをくゆらせていた。 「顎のラインが少し丸くなった気がするんだが・・・」 不意に友人であるこの探偵に指摘され、いささか焦るワトスン。 「実は、最近何となく自分でもそう思っていたんだ。・・最近動いてないからなあ。」 眉をしかめながら顎をさすってみる。 「そんなに気にする事もあるまいよ。さほど変った様には見えないさ。」 「なら、いいんだけど。・・・ホームズ、今から散歩に行かないかい?」 気にする事は無い、と言われても、やはり気になるらしいワトスンは、早速行動に移す事にした。 医者たる者、常に健康を保っているべきだし、いつ、何が起こってもいい様に、体は鍛えておくべきなのだ。 「別に構わないけどね。じゃあ、リージェントパーク辺りにでも行こうか。」 そうして2人は身支度を整えると部屋を出た。路地を通って公園に着く。辺りの人影はまばらだった。 いつもの様に腕を組みながら歩く。 「ワトスン、散歩をするのは構わないが、そんなに焦ってやせる必要は無いと思うんだけどね。」 「いや、最近ちょっと出不精なのは本当の事だからね。医者が不健康じゃ患者に示しがつかないよ。」 「・・・(大人しく私の相棒に専念していればいいのに)・・・まァ、それはそうだが。」 そしてホームズは何やら考え始める。今のワトスンの言葉に何かひっかかるものを感じたのだ。 その答はすぐに明らかになった。 「ワトスン、わかったよ。親友である君の為だ。しばらくは積極的に散歩に付き合おう。」 「え!?」 「君はさっき、”最近出不精だ”と言ってただろう?その理由が明らかになった。」 「な、何だよ。」 「私が散歩に行くのを断るから、自然と君が散歩に行く回数も減ったんだ。」 「え!?そうなのかい?」 「まったく。君は私が一緒でないと散歩に行けないのかい?」 最後はからかう意味で付け加えた。だが、ワトスンは意外にも反論せずに、答えたのであった。 「だって、1人より2人で散歩した方が楽しいじゃないか。」 「え!?」 今度はホームズが驚く番だった。 からかったつもりが、マトモに、しかもこちらにとっては嬉しい返事が返ってきたのだから。思いもよらない答に、不覚にも笑みを浮かべそうになるのをぐっとこらえる。 そんな親友の努力も露知らず、ワトスンはさらに追い討ちをかける。 「1人で歩いているとね、やたら時間が長く感じるんだ。でも、こうやって君ととりとめのない話をしながら歩いていると楽しいし、時間があっという間に過ぎていく。だから、1人だとどうも気乗りしなくてね。」 「・・・そうかい。それは嬉しい話だね。」 つとめて冷静に返事をする。 ワトスンに他意はないのだろう。でも、だから余計にこたえるのだ。 こちらが身構える間もなく、心を乱す様な事をしてくるのだから。 でも、 そんな生活が気に入ってる自分がいる。 その事実は、当の本人をも驚かせているのだった。 そうして2人はしばらく黙ったまま歩く。 太陽はまだ強く光を放ち、風は静かにそよいでいる。 そんなコントラストを肌に感じながら、2人の散歩はまだまだ 続くのであった。 END |
あとがき 渡英中に書いたものです。 せっかく英国に来ているのだから、ホームズSSでも書こうじゃないか!と思いまして。 ホームズはこのテの不意打ちに弱いと思います。 その予測不可能なワトスンの攻撃が、これまた嬉しい。だから一緒の生活は止められない。 まあ、結局仲良しさんな2人が書きたくなっただけなんです。 うふふw(060715) |