believe in you



 この頃は、まだ知らなかった。
 『信じる力』が、どれだけ大事で、どれだけ強い力なのかを。




 キャウンッ
「アマ公っ!!」

 悲痛な叫び声が冷たい空気の中に響く。
 アマテラスの頭から振り落とされたイッスンは、白い雪煙のその先に僅かな赤色を確認すると、軽く舌打ちをした。

「チッ、この量産型の三下がァ!!オイラ達に勝とうなんて千年早いンだよっ!!」
 イッスンは腰の刀に手をかけると、電光石火の速さで妖怪に斬りかかった。

 キイイイィィィィィン

   金属が擦れる音の後、妖怪は断末の悲鳴を上げる間もなく昇天する。
 …アマ公がダメージを与えてなけりゃ、危なかった…

 つう と垂れる汗もそのままに、イッスンはアマテラスの元へ駆け寄った。
「おいっ、アマ公!聞こえるかァ!?」
 ぴすぴす

 掠れた音を立てるアマテラスがいつもよりも痛々しい。
「ったく、シッカリしろよぉ、大神サマぁ!こんな傷、ツバでもつけときゃスグ治るさ!」
 あ・・おん

 口を伝う血は止まった様だ。だが、アマテラスの体は冷たい。
 何とかアマテラスに呼びかけて、かろうじて吹雪が避けられる木の陰まで誘導した。
 僅かに弱くなった吹雪だが今の2人にとってはありがたかった。すぐにとっておきの神骨頂を取り出すとアマテラスの 口元へ差し出す。

「ホラよ、アマ公。とっておきだぜ。コレでも食って、元気出せよ。」
 ・・・
 無言で弱々しく首を振るアマテラス。
「っ…」

 いつもと違う。

 これまで幾度となく敵の攻撃をくらってきたが、どうも今回はいつもと様子が違う。
 肉体的なダメージもさる事ながら、何か別の理由でに苦しんでいる様に見える。
 苦しそうに口を僅かに開けたまま、絶えず小刻みに白い息を吐き出しているアマテラスを目の当たりにして、イッスンはにわかに 焦り始めた。

 どうすれば、いい?
 まさかこのまま…

 そんな事を頭の隅に浮かべて頭を振る。
「冗談じゃないやぃっ!!オイっアマ公!聞こえてんだろ!?」
 わう…
 小さいながらも返事をするアマテラスの鼻にちょこんと乗り込んだ。
「よしっ、良い返事だ!傷は浅いぜ、相棒!ここんトコ連戦続きだったからなぁ、さすがの大神サマもちょいと疲れが溜まった んだろ?居心地は悪いが、ここで一休みしようぜぇ。オイラが周りを見張っててやるから、オマエはしばらく休んで な!わかったか?」
 くぅ〜ん
 少し安心した様にアマテラスが瞳を閉じた。それを見てイッスンは自分の荷物をごそごそと漁り、小さくたたんだ緑の葉を 数枚取り出す。何かあった時の為の薬草だった。
 それをアマテラスの傷口に静かに当てる。もちろん、数は足りないけれども。比較的新しい傷を選んでは一枚一枚、治れ治れ と願いながら貼っていく。

 そして、ふと思う。

 コイツは、どうしてこんなになるまでこの辛い旅を続けるのだろう。
 まだ完全に力を取り戻していない状態で。
 こんな過酷な旅だとは正直思っていなかった。失われた筆技を取り戻す、それをただ見たかっただけなのに。
 だが、事態は一難去ってまた一難の繰り返しだ。いや、次第に話がでかくなってきている。
 世界に対する重圧を否が応でも感じずにはいられない。その重みはどんどんどんどん、その身に遠慮なく食い込んでくる。
 でも、一番その重圧を受けているのはコイツのはずなのに…そのトボけた面でどんな事を考えているのだろう。きっと、 何も考えてないに違いない。コイツは大神様だから。闇を祓い、世をあまねく照らす。それが慈母、アマテラス・大神なのだから。

   ぽたり

 イッスンの目から雫が落ちる。

 わかってる。
 わかってる、つもりだった。でも、どうしてコイツだけこんなメにあわなくちゃいけないんだ…神様ってだけで。
 神様って何なんだ。
 事態が重くなる度、その体に新たな傷が刻み込まれる度に、訳のわからない理不尽さを感じずにはいられなかった。
 なのに、ノンキにスッとぼけた顔で、何食わぬ顔で深い重い闇へ立ち向かうアマテラスがいたたまれなかった。

 時に自分がもどかしかった。
 筆神達やサクヤの姉ちゃんの様な力も無い、
 オイナ達みたいな通力や剣の腕も無ければ、
 あのインチキ野郎みたいに知識も体躯も持っちゃいない。

「…チクショウ。オイラに何ができんだよぉ…天道太子ってのはそんなに偉いモンなのか?それになったら、少しでも コイツの役に立つのかよ… オイラ・・・何をすればいいんだよ…」

 はらり したり と雫がアマテラスの体に小さな小さな染みを作ってはすぐに消えていく。
 ぐるぐると頭の中に様々な言葉が浮かんでは消えていく。考える事が多すぎて、でも今の自分では処理しきれなくて。
 それでもハッキリとわかるのは、自分の無力さだった。

 治れ、治れ。

 どうすればいいのか、どうしたらいいのか。考えても考えられないから、今は只、
 目の前の苦しそうな相棒の事だけを考える事にした。






「・・・…ん?」
 目を開けると、弱々しい光が差し込む。
 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。イッスンはアマテラスの体に覆いかぶさる様に横になっていた。
 視界を奪う程の吹雪も今は大分弱くなり、雲間からわずかながら光が射し込んでいた。

 あお
「アマ公…」
 顔を見上げると、見慣れたスっとぼけ顔が覗く。顔に生気が戻り、さっきまでの苦しそうな様子は消えていた。
「オメェ、もう大丈夫なのか?」
 わおん♪
 ぱたぱたと尻尾が揺れる。
 さっき貼り付けた薬草をめくってみると、痛々しい傷がふさがっていた。途端に安堵感が胸を満たす。
「そっか…ソイツは良かった。…まぁ、オレ様の看病のおかげだなぁっ!!感謝しろよっ!アマ公!!」
 わうん♪
 アマテラスは嬉しそうに一声鳴くと、ペロリ とイッスンを舐めた。
「ぎゃっ!な、何しやがる!この白玉ぁ!べとべとすっから、くわえたりなめたりは止めろって言ってんだろ!」
 口調は怒っているが、顔はにこやかだ。
「まったく…そんな元気がありゃぁ、今すぐ出発できるな?吹雪が弱い内にウエペケレに行くぞ。」
 あうん!
「よぉし!良い返事だ、アマ公。じゃ、とっとと出発だぃっ!」
 あおーーん!!


 いつもの様に頭にひょいと飛び乗ると、先ほどまでの衰弱ぶりが嘘の様に軽やかな足取りで雪道を進むアマテラス。
 頭の上で揺られながら、イッスンは幾分澄んだ頭で考えた。

 近い内、答えを出さなければいけない時が来る。
 だが、その為の覚悟は、まだ出来ていない。答えはまだ、決めかねている。
 それでも、今は目の前の問題をひとつずつこなして行くしかない。そんなに器用な性質ではないのだから。

 でも、たったひとつ、確信が持てる。
 この先何があっても、コイツの事は信じられると。

     

                                                                 終



あとがき
 ゲームで言ったら、鬼が島〜ウエケペレの間の事だとご想像下さい。カムイ上陸後です。
 ゲーム中、筆業をみるだけ見たら、ハイ・おしまい。と考えていたイッスンも、いざアマテラスがピンチになってしまうと この位取り乱したりするのかなーと。
 実際、事(ストーリー)が次第に大きくなるというか、大事になってきてビビった部分もあると思うんですよ。
 神骨頂でも治せなかったのは、連戦の疲れ、これまでの疲れが蓄積していたのと、EDにも関わってくる信仰心の不足もあったから。 で、イッスンが治れ治れと祈ったので、キズもメンタルダメージも治ったのだと思って下さい。

 と、色々言いましたが、結局、イッスンとアマテラスの絆が書きたかったと言いますか。
 弱かったり迷ったりしている部分も多々あったと思うんですよ。イッスン。その辺の葛藤もコミで表現できたらいいなーと。
 って、この辺は複雑ですよねー。ストーリー的にも心情的にも。



 ・・・ちなみに、『ヨシペタイ』を『ヨシダペイ』といっつも間違うのはまた別の話。
 誰だよ、ヨシダ ペイって…  

                                                            070209