夕暮れの地方裁判所のロビーで一人の男がソファに腰掛けている。 西日が差し込むその部屋は閑散としており、所員達がたまに行き交い裁判所を閉める用意をしていた。 赤いスーツに白いひらひらがトレードマークのその人は御剣検事であり、書類ケースを片手に腕時計を気にしながら たまに辺りを見回している。しばらくすると法廷控え室の扉が開き、黒い帽子を被った男が出てきた。その姿を目の端に 捉えると御剣は腕時計に目をやり、意味も無く窓辺の方に視線を移す。 「あれ?レイジくん?」 「シガラキさん」 にかっと笑顔を浮かべながらトコトコとやってきたのは御剣法律事務所・所長の信楽だった。 「何だ、レイジくんも今日裁判だったの?オジサンもさっきまで仕事だったんだ」 「そうでしたか。それで、結果は?」 「明日まで持ち越しだよ。まっ、もう一押しって所かな」 「そうですか」 「じゃ、これから一緒に夕飯でもどう?」 いきなり話の方向を変えられて思わず目を大きく開く御剣。昔から掴み所の無い人だったがそれは今でも健在らしい。 「いや、シカシ、これから検事局に…」 「戻らなくてもいいよね?この時間になってもここで時間潰してたってコトは、戻る気なかったんでしょ?」 「…何故そう思ったんでしょうか?」 「おっと、失礼。ベンゴシは証拠で語れってね。ホラ、そこのソファ」 笑みを湛えながら信楽が指差したソファは柔らかな素材らしく、御剣が座っていたと思われる箇所は僅かに凹みが残っていた。 「キミが立ち上がってからまだ間がないのにソファはまだ凹んでいる。これはちょっと座っただけでできる跡じゃない。 それなりの時間をここに座って過ごしていた事になる。そんな人が急いで帰る必要があるとは思えないね。どうかな?」 さすがに所長の名を冠しているだけあって、見事な洞察力に素直に感心する御剣。 「…さすがですね」 正直に呟くと僅かに苦笑いを浮かべた。それを見て満足気に鼻をならした信楽は得意気に御剣の肩をぽんぽんと叩く。 「まぁ、オジサンも結構ヤリ手の弁護士だからね。じゃ、そろそろ裁判所も閉まるみたいだし、出ようか」 そうして裁判所を出ると鮮やかなオレンジ色の夕日がビルの谷間に沈みかけていた。横顔を照らされながら しばらく他愛の無い世間話をしながら歩く二人。 「それで、レイジくん。そろそろオジサンを待ち伏せしてた理由を教えてくれないかな?まさか、また助手をやってみたいとか?」 「…今日、シガラキさんが弁護している裁判を傍聴していました」 「あ、そうなの?気付かなかったな。で、オジサンどうだった?カッコ良かったでしょ?」 数週間前まで、西鳳民国大統領暗殺未遂事件に端を発した複数の事件に遭遇し、その度に信楽と行動を共にしていた御剣だったが、彼が正式な法廷で弁護席に 立つ姿を見るのは初めてで、普段は飄々としているその姿とは全く違う弁護士・信楽盾之の姿に驚きを感じていた。 的確な反証、鋭い尋問、証拠を出す絶妙なタイミングとそれらを彩る言葉の数々。友人である成歩堂とはまた少し異なる 弁護スタイルにどこか懐かしい感じを覚えたのである。 「…そうですね。法廷に立つアナタを見ていたら、昔の事を思い出しましたよ」 「…信さんの事?」 僅かだが声のトーンが下がる。 「ええ。昔はよく父の法廷を見学してましたが、色々忘れかけていたみたいです」 「それが、オジサンの裁判を見てる内に思い出したってコト?」 「はい。さすが、父の愛弟子だった人だ」 記憶の彼方の父が蘇って来る程に。 そう言って少し寂しげに口の端を上げた御剣を目を細めながら見つめる信楽。 その眉をひそめて笑う姿は彼の師にそっくりだったのだ。 「…レイジくんにそう言ってもらえるなんて、嬉しいよ」 亡き師との記憶、狩魔の門下になったその息子、弱かった頃の自分、これまで辿ってきた道。 込み上げてくる様々な想いを飲み込んで、言葉を返す。 「所で、シガラキさん。我々が向かっているのは、ひょっとして…?」 「お、気がついた?事務所に向かっているんだよ」 いつもの調子に戻った信楽がにやりと笑う。 「食事に行くのではないんですか?」 「それはレイジくんの本当の目的じゃないでしょ?」 「む。どういう事だろうか」 「…今日は、レイジくんが検事の道を選んでから初めての月命日だよね?今なら帰れるって思ったんじゃないの?御剣法律事務所に」 歩道に伸びた影が止まる。御剣はやれやれと言わんばかりに手を広げてまたもや困ったような表情を浮かべた。 「アナタは何でもお見通しな様だな」 「言ったでしょ。オジサン、結構ヤリ手なんだから。こう見えて」 「おっしゃる通りです。私は検事としてひとつの真実を追う道を選んだ。もう迷いは無い。父にも胸を張って言える選択です」 「でも、ちょっとだけ帰り辛かった?」 「…放蕩息子は家に帰り辛いものです。これでも、色々反省はしているんですよ。回り道をして、随分時間がかかってしまいましたから」 そう言って自嘲気味に話す姿を見て信楽は思いを巡らせた。お世辞にも器用とは言えないこの青年がこの結論に 辿り着くまでどれ位悩んだのだろう、と。そして、何を思って自分の元を尋ねてきたのかと思索した。 紆余曲折はあったものの、目の前の青年は、昔会ったあの少年なのだ。いい子だけどもどこか大人びていて、 ちょっとだけ不器用で。 そんな彼がこうして自分を頼って来てくれたのなら、自分のやる事はただ一つ。それは彼に応えてあげる事だ。 「大丈夫だよ、レイジくん。一緒にかえろう」 その一言が胸を突く。 静かで、優しいその声は遠い昔にも聞いた覚えのある声だった。 ふと顔を上げると、柔らかな笑顔が向けられている。 心の重石がすぅっと消えていく様な感覚と共に御剣は目を閉じて深く息を吸った。 「…はい」 そう静かに答えた彼は、眉間にシワを寄せる事無く笑みを浮かべていた事に気付いていない。 信楽は黙って御剣の背中をぽんぽんと叩くと、再び歩き始めた。 やがて、懐かしい建物が見えてきた。その看板には『御剣法律事務所』の文字が並んでいる。 信楽は事務所の扉を開けると、片手で扉を押さえ、もう片方の手を広げて御剣の方を振り向いた。 「おかえり、レイジくん」 「…ただいま、帰りました」 おわり |
【アトガキ】 細かい事を言うと、千尋さんと信パパの弁護スタイルは少し似ていたのだから、その弟子のなるほどくんと 信楽さんのスタイルも似ているハズですよね。信楽さんは海外で学んだ事を取り入れてるってコトにして下さい。 オッサンスキーなのでパッケージを見た時点で信楽さんが気になっていました。 御剣をレイジくん呼びしてる時点で何かクるものを感じました。その頃には天パももう気にならなくなってたした。 つまり、シガラキさんが大好きです!!普段は飄々としてるクセにいざとなるとシリアスにもなれるとか超ツボ。ドツボ。 御剣親子と縁があるってのもイイ!シガラキさんなら小さい頃のみったんのアレやコレも知ってるはず!! 選択肢を間違ったときに、『…レイジ君、ねむいんだね。小学2年生の時も…』とか言ってたアレが気になります。 日記感想でもほざいてましたが、シガラキに亡き父を重ねる御剣と、その息子に亡き師の面影を見るシガラキと、色々 複雑なカプだと思ってます。もう、ゲームプレイ中はたまりませんでした。この二人のやりとりとか信さんのカッコ良さ とかパねぇです。たまりませんでした。大事な事なので復唱しておきました。 今回のSSは『書きたいシチュ』というのが先行して書き出したものです。そういうパターンの場合、それまでの経緯と、最後 どうまとめるかってのが見えないまま書き進めてるのでちょっとセリフ多めになってしまいました。 事務所に行きたいけど一人じゃちょっとイヤだから、信楽に付いてきてもらおうと裁判所で待ち伏せしたみったん。 そんな思惑を見透かしつつ、じゃあ、一緒にかえろうと語りかける信楽。それが今回書きたかったシチュです。 逆転シリーズでBLカプにハマるのは何気に初めてなのでうっほうほですw(11_0406) |