裁判の最中に、被告人が自殺した。 そのショッキングなニュースはしばらくの間世間を騒がせた。もちろん、今も続いている。 この裁判が初仕事となった検事と弁護士は、それぞれ心に傷を負う事となった。 その後の人生に大きく影響を及ぼす程に。 ある日、御剣怜侍はブラブラと外を歩いていた。 先の裁判のせいで、しばらくの間仕事を休む様に言われたのである。 さりとて、特にコレといった趣味も無いせいで(彼がトノサマンに出会うのはまだ先のハナシ)、家に居ても何もする事が無く、仕方ないので散歩に出かけた次第であった。 どうせなら普段出歩かない方へ行ってみよう。 そうして御剣は、まだ行った事の無い道を歩き始めた。 しばらく行くと、公園に辿り付く。 「…ひょうたん湖公園。どうせひょうたんの形をした湖でもあるのだろう、単純な名前だ。」 そう呟くと入り口をくぐる。 二月半ばの気候はまだ寒い。日が照っているとはいえ、冷たい空気の中、すっかり葉を落としてしまった並木道をしばらく歩くと、湖が見えてきた。 「ん?」 湖が見渡せる広場にはベンチが置かれていた。 そしてなぜかマンジュウ屋の屋台。シューシューと音を立てながらムクムクと白いケムリを吐き出している。 寒い中で食べるあったかいマンジュウはさぞ美味しい事だろう。 丁度朝から何も食べていなかったので、御剣はここで少し腹ごしらえをする事にした。 「主人、そのマンジュウを2つ。」 「あいよ、兄ちゃん。毎度アリ!」 冬の公園に人影はまばらだった。どこか座る所を…と思いベンチのある辺りを歩き回ると、見覚えのある顔を見つけてしまった。どうやら向こうもこちらに気がついた様である。 「ム。キミは…アヤサト、弁護士。」 「アナタは…みつるぎ、検事さん。」 そこには星影法律事務所の新米弁護士、綾里千尋がいた。白いロングコートを着て、何をするでもなくベンチに座っている。 どちらかともなく会釈をする。何故か御剣は同じベンチに腰かけてしまった。互いに知った顔なのに、このまま去る、という事ができなかったのだ。 互いにどこか気まずそうな雰囲気が漂う。 「検事さんも、今日はお休みですか?」 その場の雰囲気に耐えられず、千尋から切り出す。 「ああ。キミもか。」 「(また”キミ”って言った…)ええ。所長からしばらく休むように、と。事務所の方にもマスコミの人たちが押しかけてて…」 そう言って整った眉を歪める。 「コチラも似た様なものだ。」 「・・・・」 「・・・・」 再び沈黙が訪れた。 御剣はふと、手元で熱気を放っている紙袋をがさごそと開き始める。そして、そこからホクホクと白い湯気の立っているひょうたん湖マンジュウをひとつ握り締めると、真っ直ぐ前を 微かに手が震えている。僅かに頬が紅いのも、寒さだけのせいでは無いだろう。 無理も無い。彼にとっては随分慣れない真似をしたのだから。 なぜ、この様な慣れない真似をしてしまったのか、それは自分でもよくわからなかった。自分と同じショックを受けた目の前の弁護士が、この木枯らしの吹く公園で、やたら寂しく見えたのかもしれない。 「ヨ、よかったら、おひとつ。」 「え!?あ、ありがとう…ゴザイマス。」 明らかに驚いた顔と声で千尋はホカホカのひょうたん湖マンジュウを受け取る。その時、指が少し触れた。互いに、冷たい手をしていると思った。 「あ、そうだ!」 今度は千尋が自分のカバンを探り始める。そこからお茶の缶を2本取り出すと、1本を御剣に差し出した。 「これ、ドウゾ。さっき自販機で買ったら、2本出てきたの。」 「あ、これは、すまない。」 受け取ったお茶の缶は冷たかった。 「その、ホットを買おうとしたら、間違ってアイスの方を押しちゃって。」 「いや、構わない。」 そうして2人は温かいマンジュウにかぶりつき、冷たいお茶をすすった。 くすり 不意に千尋が笑った。思わず振り返る御剣。 「ゴメンなさい。何か、可笑しくて。」 ここで会って、初めて2人はお互いの顔をまともに見た。 「だって、そうじゃない?ついこの間争っていた新人弁護士と検事が、公園で一緒にオマンジュウ食べながらお茶すすってるのよ?」 「まあ、それは…確かに妙なシチュエーションでは、ある。」 確かに、検事の敵である弁護士と一緒に、マンジュウを喰らいながらお茶をすすってるのである。 どうしてこんな状況になってしまったのか。自分は何故こんな事をしているのか。よくよく考えたらオカシイ事この上ない。もし師匠にでも知れたら、お小言をくらってしまうだろう。 「…御剣さんも、ショックでした?この間の、裁判。」 「・・・」 やや眼を伏せながら、遠慮がちに聞いてくる。 「私、悲しくて、悔しくて。尾並田さんを、救えなかったから…」 「いや、被告人が毒を所持していた事を見逃していた我々の責任だ。」 「違う。私が、もっとしっかり弁護していれば。尾並田さんをちゃんと説得していれば…」 ギュっと手を握りしめる。その瞳は、今にも涙が溢れそうだった。 「その、何と言ったらいいか…だが、私もショックは受けている。人が…目の前で死ぬのを見る事になるとは、思ってもいなかった…」 その後、しばらく沈黙が続く。 ふと、御剣が何かに気がついた。 「コレを。」 「え?ハンカチ?」 白いハンカチを差し出す。 「自分の手を見てはどうだろうか。」 「キャ!お、オマンジュウが!!」 先ほど握り締めた手の中で、マンジュウが無残に握りつぶされていた。 思わずそのマンジュウの残骸を口に放り込む。 「ん?ングッ」 途端にむせ込んでしまい、苦しくて思わず胸を押さえようとしたら、その手を御剣がガッチリと掴んだ。 「!?」 驚く間もなくお茶が差し出され、千尋は空いている手で缶を掴むと、勢い良く飲み干した。 「ッはぁ!!」 「だ、大丈夫だろうか?」 「…あの、手。少し痛いんですけど。」 「あっ、す、済まない!」 慌てて手を放す。 「いやっ、その。手が、アンコだらけで、その手でコートに触ろうとしたものだから…」 顔を赤くしながら、しどろもどろで説明するその検事の姿は、意外だった。 初めて、この青年が年相応に見えて、それがどこか面白かった。 「そうね。このコート、お気に入りだからヨゴレなくて助かったわ。ありがとう。」 そう言ってニッコリ笑う。 「いや、どう、致しまして。」 そうして千尋は近くの水飲み場で手を洗って来ると、自分のハンカチで手を拭きながら再びベンチに腰かけた。 「…アナタは案外、ウッカリ屋、なのだな。」 「え!?」 見ると、御剣がこちらを見ながら笑っていた。 ”アナタ”と呼ばれた事と、今まで険しい顔しか見ていなかった検事の笑顔を見た事に驚く。 「御剣さんも、笑うのね。」 「…今、私は笑っていたのか?」 「ああ!せっかく笑顔だったのに、また眉間にヒビが入ったわ。」 「…シワ、と言ってもらえないだろうか。」 「あ、ゴメンなさい。つい。」 その会話が面白くて、再び千尋は笑ってしまった。それを見て、御剣もつられて口の端を持ち上げる。 「あー、久しぶりに笑えたわ。御剣さんのおかげね。ありがとう。」 「私も・・久しぶりに、気が晴れた。感謝する。」 「…何か固いわね。」 「固い?」 「言い回しよ。御剣さん、まだ若いんだから、こういう時は、『ありがとう』でいいのよ。あ、それと、さっきお茶をあげた時も『すまない』って言ってたでしょう?ああいう時も、『ありがとう』って言うものよ。」 「ム。… ありがとう。 これで良いだろうか。」 「ええ。後は…普段からその眉間のヒビ…じゃなくて、シワを作らない様にすれば、言う事無いわね。」 「むゥ…留意しておこう。」 どうしてだろう。 相手に言われるがままだ。 いつもなら『余計な世話だ』と一蹴してしまうのに、すんなりと言う事を聞いてしまう。 相手が同期の弁護士だから尚更タチが悪い。でも、なぜか、 悪い気はしない。 「・・・御剣検事さん。」 「?」 不意に千尋が声をかける。 「いつか、また、法廷で会いましょうね。」 立ち上がって手を差し伸べる。 「ああ。その時は、容赦しない。」 立ち上がって、その手を握った。 「臨む所よ。」 そう言って握り返してきた千尋の眼は、決意に満ちていた。 彼女は、強いヒトだ。そして、美しい。 「それじゃあ、また。」 「今度は、法廷で。」 そうして2人は公園を後にした。 互いに、この人とはまた法廷でまみえるであろう、という予感を抱きながら。 力強く歩く2人を、冬の太陽が見下ろしていた。 END |
あとがき このSSは、例の初法廷から1週間位後のお話です。 結局この後、直接対決こそしないものの、なるほど君のサポートで法廷に立ち、いっつも決定的なヒントを与えてくれましたよね、千尋さん♪ 一応弁護士としては無敗を記録した事になるのかしら・・・ ナルチヒより先に書いてしまったミツチヒ。 果たしてどれだけ需要があるのだろうといえば、ほとんど無いだろうな、と思いつつ書いてしまいました。 自己満足自己満足。書いてて楽しい!!何気に間接チューしてます。御剣は自分のお茶を差し出したのですよ。もちろん、他意はありません。 後、文中の御剣のセリフ、『人が…目の前で死ぬのを見る事になるとは』。 ホントは、『人がまた、目の前で死ぬのを…』と言いそうになって、慌てて飲み込んだんですねー。 今までの映画や役者SSと比べて、元がしっかりしている作品のSSを書く時は気を使います。(映画やRPSには言葉の壁が・・・多少違約されてる日本語を見てますからね。) 特に言葉使い。 ゲームやコラムでしゃべりまくりですからね!かなり性格付けや言い回しがしっかりしてるので、少しでもオリジナルの雰囲気をかもし出すように、注意しながら書きました。台詞回しの他にも、逆裁はカタカナ表記される言葉が多いのでその辺も気を使いました。 以前日記にも書きましたが、『なるほど逆転裁判』の第9回のお話から見て、御剣の2度目の法廷は、初めての法廷からおよそ一年後。千尋さんがなるほど君の弁護をしていたのとほぼ同時期に行われていたと思われます。二つの事件は4月に起こってますからね。第9回の御剣の証言と、アウチ検事の証言を検証してみて下さい。 060615 |