安土城の信長の部屋に、小さな明かりが灯る。 月明かりが差し込む静かな部屋には、信長と家臣の前田利家が座していた。2人の間には酒の支度が整えられている。 珍しくきちんと服を着た利家は、両の拳を床に着け、頭を下げた。 「信長様におきましては、益々のご繁栄、まことに喜ばしく・・・」 「よい。柄にも無い事をするな。」 「はっ。」 信長がすっと杯を差し出すと、利家が酒を注ぐ。そして自らの杯にも注ぐと、互いに軽く杯を上げて、主君が口を付けてから自らも酒を飲む。 「美味い酒ですね。」 「酒がわかる様になったか。」 「はい。以前は苦手でしたが、年を取るに連れてやっと美味いと感じる様になりました。」 仕え始めていた頃は酒が飲めなかった事を指摘され、恥ずかしそうに笑う利家。 14の頃から信長に仕えている利家は、安土城見学の為にこの地を訪れていた。 酒を酌み交わしながら、世情や加賀の事などを話す。普段は気難しいこの城主も、美味い酒と、この昔からの家臣のおかげで、今夜は気分が良いらしい。会話の間に僅かに笑ったり、純朴な利家をからかったりと楽しげだった。 「そう言えば、戦へ半裸で出向くそうだが、何故鎧を着ない。」 ふと思い出したように信長が聞いた。 「・・・鎧を着ようが着まいが、死ぬ時は死にまする。ならば、某、重苦しい鎧などを身につけて戦うより、身軽な方が戦いやすいのです。」 「鎧を着ていれば、命を拾う場合が多かろう。」 利家は苦笑しながら首を横に振った。 「これは、某の覚悟でございます。」 「覚悟?」 ひとつ頷いてから、利家は続ける。 「鎧を着けて辛うじて命を拾ったとて、その様な傷を負っては、再び戦に立つ事は難しいでしょう。・・・某は、竹千代や藤吉朗の様に、知略で信長様の役には立てませぬ。某は槍を持ち、武勲を立てることでしか信長様のお役に立てません。」 「・・・」 信長は杯を置き、利家の顔を見た。 「ですから、怪我を負い、槍を握れなくなった某は最早、信長様にとっては無用でございます。何も出来ずにのうのうと生きるは武士の恥。それよりは、戦場(いくさば)で果てるが本望でございます。」 「・・・」 「信長様のお役に立てぬ某は、死んだも同じ。半端な命は要りませぬ。某が鎧を着ないのは、その為にございます。」 きっ と信長を真っ直ぐに見据えて、利家は言った。 戦場で武勲を立て、主の役に立つか、それができなければ死か。 嘘偽りは無い。武士として生まれ、主の為に全力を持って尽くす。それが利家の覚悟だった。 それが、前田利家という男だった。そして、その主も、利家の性分を十分に知っていたのだ。 「・・・そなたにはまつがおろう。」 「お心遣い、ありがとうございます。ですが、まつも武門の生まれです。覚悟はできています。」 「そうか。」 信長は小さく呟くと、杯を飲み干す。 「利家 」 「はっ 」 「死ぬな 」 「はいっ 」 「生きよ 」 「ははっ 」 深々と頭を垂れる。 そうして、朗々とした月のもとで、2人は再び酒を飲み始めた。 おわり |
あとがき 夜、寝る間際にふと思いついたお話です。ろうろうたる つきのよは と読みまする。 ウィキペディアで利家の事を調べてたら、信長との関係も書いてありまして。で、バサラの利家は純朴で、マジメで、忠義深い人なんだろうなあ、と考えてたら、こんなSSが浮かんできました。 加賀百万石の初代藩主ですよ。信長にも秀吉にも信頼されてたみたいだし、律儀な人物だと書かれていたので。それと、あの裸に近い衣装の理由を結び付けてしまいました。 あんな半裸で戦うんですもの。鎧着て半端に傷ついて役に立てなくなるよりは、いっそ死んだ方がマシ。だからこそ、ああいう格好で死なないように死に物狂いで戦うんでしょうねえ。その為に、毎日修練してると思うよ。 だから、致死に至らない切り傷生傷が体にいっぱいあるんですよ、犬千代さま。 そんな純粋で、覚悟を持った人だからこそ、信長も信用したんじゃないかしら、と。バサラ2以降に『国盗り物語』を見まして、そこで現状に満足している武将を首にする、みたいなシーンがあったのですよ。それと、役に立たない武将は飛ばす、とか。厳しい上司だったんですね、信長って。でもそこまで厳しくしないと天下統一はできなかったのではないか。そんな信長の心意気に惹かれた利家は、そういう厳しい所も全部ひっくるめて仕えている。・・・と良いなwそれでまつと可愛い甥っ子と幸せに暮らせればww 戦国時代の主従って、現代でいうマフィアや任侠の世界みたいに、愛情に近い絆とか想いを主君・親分・ボスに抱いていた、と思うのですよ。男同士だけど、ノーマルカップリングに近い感じで。信長と利家もそんな感じだなあ、と思って書くに至りました。 060819 |
さて、再び酒を飲み始めた2人。 利家が幾分遠慮がちに信長に尋ねた。 「あの、信長様。ひとつお尋ねしたいのですが・・・」 「何だ。」 「先ほど、『半裸で戦に出向く』と仰せられましたが・・・その、どこからその話を?」 その問いかけに、 クク っと喉を鳴らして笑う信長。 「お前でも気にするのか?」 「信長様の耳に届いているとは思ってなかったので・・・」 「案ずるな。・・・前田家の大将は鎧も着けずに戦場へ行き、敵を恐れずにその豪槍を振るう。だからあの様に全身傷だらけなのだ。・・・鎧を着ないで戦へ出るなぞ、死にに行くようなものだ、そんなはずは無い。・・・そんな流言だ。」 にやりと笑いかけながら信長は杯をあおる。 「は、はあ・・・そんな流言が。」 まさか自分がそんな噂になっているとは思わず、利家は目を丸くした。 「全身の傷が痛々しいから何か着て欲しい、というのもあったな。」 「は、はあ・・・」 それを聞くと、利家は僅かに眉をひそめて袖をまくり、自分の傷だらけの腕を眺める。 「信長様。信長様は、某のこの傷だらけの体、見るに耐えませんか?」 「・・・」 いつも朗らかな利家が、俯き気味に弱冠憂いを帯びた顔で尋ねた。 「何故、そう思う?」 「・・・信長様は、昔から美しいものがお好きでしたので。」 人から何と思われようと、何と言われようと構わない。 だが、己の主君はどう思っているのか、それはやはり気になってしまう。 「・・・」 「!」 信長は杯を手放し、片膝を立てて前へ乗り出す。ずい と手を伸ばすと利家の顎を掴み、ぐいと上を向かせた。 急に引かれた為、前のめりになった利家は、両手を床に着いて体を支える。ふと気づけば、信長の顔が近くにあった。 ああ、昔と変らない、いや、以前にもまして刃の様に鋭く、強く、そして美しい。 初めて会った時も、その眼に惹き込まれた。今、その時の記憶が鮮やかに蘇る。 「・・・随分傷が増えたな。昔は傷なぞひとつも無かった。」 「・・・」 何かを答えようとしたが言葉は出ず、薄く形の良い唇だけが僅かに開いた。 「犬千代。 お前は美しい。 昔も・・今も。」 静かに告げると、信長は利家に口付ける。 短いが貪るように唇を吸うと、顔を離した。 何食わぬ顔で元の様に座す信長と、眼を丸く開いたまま、唖然としている利家。 「いつまでそうしている。勺をせぬか、お犬。」 その一言でようやく我に返った。 「は、はいっ」 顔を真っ赤にしながら、慌てて酒をつぐ。心の臓はまだ早鐘の様に脈打っていた。 それを面白そうに眺める信長。 「犬千代。そなた、相変わらず愛い奴よのう。」 「な、何をおっしゃりますか!」 「昔の真似事なぞしてみるか?」 「の、のの、のぶながさま!!」 照れる利家をからかいながら、愉快そうに笑う信長。 こうして、束の間の安息を愉しみながら、夜は更けていった。 終 |
あとがき ・・・いえ、元々こちらの少し艶バージョンも込みでの話でしたが、シリアスなまま終わらせた方がいいなあ、と思い、こちらの部分を切り離しました。 が、個人的にも気に入っているシーンですので、オマケとしてここに載せておきます。利家は信長の小姓でしたから、夜のお相手も務めたはずです。バサラ1の公式設定集に、若い頃の信長のイラがありましたよね?あのナリで14の犬千代が小姓だったんです!!すっごいサマになってると思いませんか? 昔の真似事って夜伽の事です。個人的にはそっちになだれ込んでも全然おkなのですが、如何せん、書き手が私なもので。書けないのですよ・・・脳内で悶々と妄想でもしてます(AHO)。つか、きっとなだれ込んだよ、この2人。もう、どうせ以前もやったんだし、主君が望んでるんだし、どうにでもなれ!と雰囲気に流されたはずです。利が。 ・・・しかし、ウチの信長公はお茶目さんな上、饒舌だなあ… 何かこのSS、ゲームと史実がごっちゃになっとりますね。 のほほんな利も好きですが、主従で少しシリアスな利家も好きです。濃姫のストーリーモードではそんなシリアスな利が拝めますww 幸村がオヤカタ様好きー、みたいに、利家も信長がすきなんですよ。向こうが尋常じゃない位過剰なんです。 利家の体の無数の傷の中には、信長をかばってできた傷も数多くあるんですよ。左目の傷とかね!! |