船上でぇと

「元親どのー!!おられるかー!?」

 必要以上に大きな声をあげたのは、前田利家だった。
 その時、船の中で仕事をしていた長曾我部元親は驚いて立ち上がる。その大声もさる事ながら、声の持ち主の突然の来訪に何故か焦っていた。

「おお、元親どの。久しぶりだが、元気か?」
 元親の姿を見ると、嬉しそうに微笑みながら話しかけてくる。
「・・・元気だ。つか、アンタ。どうしてここに?来る前に一言連絡してくれりゃあ、加賀まで迎えにいったのに。・・・ん、ヨメさんは?一緒じゃないのか?」
 いつも一緒にいるはずのまつの姿が無いのに気づく。
「今日は某1人だ。まつは今、濃姫様や市様と旅行に出ていてな。それで某、まつが帰って来た時に、美味しい魚料理を作って迎えようと思ってるのだ。だから元親どの、釣りの許可と船を貸してくれないか?」
 相変わらず仲の良い夫婦だ。
「釣りも船も構わねぇが、今度は前もって連絡をくれ。せっかく来たのに、俺達が留守って事もあるんだ。」
 それに、大事な客人を迎えるための心構えと準備も必要だしな、と心の中で付け加える。
「済まぬ。今度からは忘れないで連絡するよ。」
「…別に、謝る様なコトじゃねぇよ。 ちょっと待ってな。今準備すっから。」
 急ぎ部屋まで戻ろうとすると、上着の裾を掴まれた。

「?」
「元親どの。コレ、土産だ。」
 幾分得意気に渡された笹の包。
「空けていいか?」
「もちろん!」
 幾重にも重ねられた笹の下には、川魚が入っていた。
「たまには川の魚もいいと思ってな。道中で休憩がてら釣ってきた。」
「へ〜。そういや、川の魚ってそんなに食った事なかったな。あ、ありがとな。」
 礼を言うと、元親は急いで船の中へ姿を消す。

 自分がいる時に来てくれて良かった。
 前田利家とその妻まつに会ったのはひと月以上も前。
 一国一城の主(しかも魔王の重臣)がいきなり乗り込んで何事かと思ったら、

『釣りをさせて欲しい。ついでに船も貸してほしい。』

 と来たものだ。何かの冗談かとも思ったが、本人達は至って真面目なので面食らったものである。
 その後、釣りをしたり、料理を振舞ってもらったりと、戦続きで荒れていた部下たち(もちろん自分も)は、久しぶりに心安らぐ時間を持てたのである。
 すっかりこの夫婦が気に入った元親は、その後も交流を続けていた。
 外交だとか、策略だとか、そんな事とは一切関係は無い、この時世にしてはありえない繋がりがそこにあった。
 そして、元親本人もそれを楽しんでいる。

 やがて、小船と釣りの準備を済ませた元親がやって来た。
「待たせたな。」
「仕事はもういいのか?」
「ああ。後はオレ無しでもできる。・・なあ、」
「ん?」
「今日は小船で行かねぇか?その、ここまで来るのにも疲れたろ?小船で、ゆっくりまったり釣りをするってのもいいだろ?」
「もちろんだ!」
 そうして2人は小船に乗り込む。元親は梶を握ると、威勢良く漕ぎ出した。
 心地良い海風も手伝って、小船はすいすいと良く進む。
 久しぶりに握った梶だったが、思い通りに進み、元親は気分が良かった。
 もっとも、気分が良いのは船の事だけでは無いけれど。

「うわー、早い早い!!さっすが海の男!大きい船も、小さい船も見事に乗りこなすんだなあ。」
 風に髪をなびかせて、変わり行く空と陸の景色を見ながら、楽しそうに利家は言った。
「よせよ、恥ずかしい。この位の腕が無けりゃ、水軍もアイツらもまとめられねぇからな!」
 言葉とは裏腹にまんざらでも無さそうな元親。普段は部下たちに自分を持ち上げる様な事を言わせているその人とは思えない変貌ぶりだ。
 別段、意識して振舞っているのではない。むしろ、普段通りの自分でいようと思っているのだが、どうしてもこの人の前だと調子が狂う。四国の鬼も形無しと言った所だろうか。
 同年代のくせに、時に自分より幼く、時に年上にも見えるこの男がかもし出す和やかな雰囲気が好きだった。

「・・・っと。この辺でいいかな。」
 船を停めて、2人は横に並んで釣り糸を垂らした。
 風が凪ぎ、波は静かに揺れ、時折海鳥の鳴き声が聞こえる。静かで、穏やかな午後だった。

「・・・そういや、アンタは料理できんのか?」
「まつほど達者ではないが、少しはできる。鍋物なんか得意だな。色々入れて煮るだけで大抵美味しく仕上がる。」
「はっ、アンタらしいな。」
「元親どのは?」
「アンタと似た様なもんだ。海の男の料理は豪快で大雑把だからな。だから、まつさんの料理は美味かった。皆感謝してたよ。アンタは毎日あの料理が食べられるんだろ?羨ましいこった。」
「へへへ。まつのめしは最高だ。今度は連れて来るから、また来てもいいか?」
「ああ。あんた達ならいつでも大歓迎だ。・・ん?おい、引いてるぞ。」
「お、よしっ!」
 利家は立ち上がると竿をグイと引く。途端に向こうからも引っ張られる感触があった。
「結構デカイんじゃないか?」
 竿を立てかけ、網を掴んで海を覗き込む元親。目を凝らすと、海の中にうっすらと魚影が見て取れた。
「あーー!!も、元親どの!!そっちの竿も引いてるぞーー!」
 魚と格闘しながらも、元親の立てかけた竿が引いているのを視界の端に捕らえた利家が叫んだ。
「え?」
 振り返った時にはもう遅く、竿は宙を舞う。

「コレっ!!」
「は!?おい、利家っ!!」

 ザッブーン!!

 自分の竿を元親に押し付けると、利家は海に飛び込んだ。
「な、何やってんだ!?」
「大丈夫!それがし、泳ぎは得意だ!!」
 その手には先ほど海に落ちた竿が握られていた。利家は立ち泳ぎのまま釣り糸をぐるぐると手繰り寄せる。すると、一匹の魚がその先に食いついていた。
「へへ。獲れたぞー、元親どの。」
 海面から顔を覗かせ、得意気な笑みを浮かべる。まるで子供の様だ。
「ったく。イキナリ飛び込むから驚いたぜ。ホラ、早く上がんな。」
 先に竿と魚を船に投げ入れ、差し伸べられた手を掴んで船に上がる。見ると、利家が釣りかけていた魚も無事に釣れたらしい。ほくほくと籠に魚を入れると、2人は再び釣り糸を垂らす。

「おい、何で海に飛び込んだんだ?」
「だって、竿が流されそうだったから。魚も付いてたし。」
「それだけ?」
「例え釣竿1本でも、無くしたら勿体無い。物は大切にせよと、まつからも言われてる。」
「・・・そうか。ありがとよ。」


「ふふふ。元親どの、気がつかないか?」

 含み笑いで話しかけてきた利家の方を振り向くと、嬉しそうな笑みがこちらに向けられていた。
「な、何だよ。」
「元親どの。先ほど某が海に飛び込んだ時、『利家』と名前で呼んだだろう?」
「え?あ、ああ、そ、そういえばそう言った様な気もするようなしないような・・・
 今まで曖昧に呼んでいたのは気がついていた。だが、なぜか名前で呼ぶ事に抵抗があったのだ。抵抗と言うよりは、どことなく気恥ずかしい、と言った方が正しいだろう。

某は嬉しい!!

「はい?」
「今までずっと、『お前』とか『オイ、』とかで、まともに名前を呼んでもらえなかったから・・・もしかしたら、元親どのは某を友と思ってなかったのかもと、心配だった。」
「そんなわけ無ぇだろう!」
「じゃあ、何で?」
「それは・・・その、ちょっと、本っー当に、ちょっとだけは、恥ずかしかった・・・
 少しうつむき加減の元親と、それを覗き込む利家。
「某と、元親どのは友だよな?」
「あ、アッタリ前だろ!」
「そうか、安心した。じゃあ、今度からはちゃんと名前で呼んでくれよ。」
「お、おう。」
「あ、呼んでない。」
「と、とし いえ」
「何かぎこちないなー。もう一回。」
「と、としいえ」
「もう一回!」
「としいえー」

 大海原に繰り返し響く声。船の周りの魚はとっくに逃げ出した事だろう。
 そんな2人をどこか面白気に海鳥が遥か空から見下ろしている。

「もう一回!」
「利家!」
「もっかい!!」
利家ぇーー!!」

       

                                                                 終わりw



あとがき
 ・・・しまった。魚ネタが慶利とかぶった…

 まあ、向こうは川釣り、こちらは海釣りと言う事で…さりげに「料理できるか?」という話題ネタも伊達いつとかぶってました・・・だって、料理も釣りも、ゲーム中にもあった前田家ネタなんだもの!!

 チカイヌは純愛路線でお願いします・・・世界の中心で利家と叫ぶ。利は何だかんだで体育会系。結構幸村と素でウマが合うはず。で、それをハラハラしながら見守る慶次・元親・政宗。(政利も推奨〜♪)
 何か、元親みたいな部下の前で『カッコイイ』姿を見せてる人は、利みたいな天然さんに弱い気がします。利の前だと素に戻る、というか飾らない自分でいられる、みたいな(砂吐き)。こういう純愛路線も、ちょっと不良な感じのちかちゃんには合うかしら、と思って書いてみました。何気に2人っきりになりたくて、敢えて小船に誘ったんですから。とりあえず、名前で呼ぶ事には成功したようです。

 仲良くなった友達を、最初に呼び捨て(とかニックネーム)にするのって、割とドキドキしませんか?
 高校の同級生からは、今だに当時のニックネームで呼ばれます(笑)

                                                            060824