俺と叔父さん
−水、清しくて 心澄み渡り−


「某の勝ちぃー!!」

 腹ペコだけれども元気な利家の声が響く。
「ちぇっ。勝てると思ったのに・・・さすが、食べ物がかかってるだけあるなぁ。」
 短く息を切らせながら慶次は大きな石を見つけて座り込んだ。

 2人っきりで釣りに出かけた利家と慶次は、目的地の渓流に到着した。
 途中から走ってきたので、二人の額には玉の汗が浮かんでいる。
 皮の腰当て一丁の利家は澄んだ川にざばざばと足を踏み入れると水をすくって顔を洗った。
「慶次、川の水、冷たくて気持ち良いぞー!!」
「どれどれ。」
 袴の裾をたくし上げて慶次も川へ足を踏み入れた。
「気持ち良いなー。天気は良好、川は涼しげ。絶好の釣り日和だな、利。」
「ああ。さ、慶次、早く飯にしよう。」
「ハイハイ。」

 そうして2人は川の側にある大岩の上に陣取った。すぐ後ろには大木があり、大きな枝が岩の上に影を落としている。
 早速愛妻弁当を広げて少し遅めの昼ご飯となった。
 大きな握り飯、魚の干ぼし、沢庵、梅干、菜漬物。
 どれもそれなりの量が収められていたのだが、腹ペコの利家と育ち盛りの慶次の前では風の前の塵に等しい。つまり、あっという間に無くなっていったのである。

「あれっ、慶次、沢庵全然食べて無いじゃないか。」
「え、だって俺、駆けっこで負けたし・・・」
 やや唇を尖らせ、無念そうに慶次が言った。幾分子供らしさが伺えるその理屈と所作に、利家は安堵を覚える。
「そんな事気にするな。そもそも、某はそんな約束事を承知した覚えは無いのだし、せっかくまつが某と慶次の為に持たせてくれたんだ。お前も食え。食わなきゃまつに叱られる。」
 微笑みながらぽんぽんと慶次の肩を叩いた。
「いいの?」
「武士に二言は無い!」
「じゃあ、遠慮なく♪ありがとなっ、利。」
 嬉しそうに沢庵をほお張る甥を、これまた嬉しそうに叔父が眺めていた。

 さて、腹ごしらえが済むと、2人は今日の目的である釣りに取り掛かった。しばらく無言で釣り糸を垂らす。すると、様々な音が2人の耳に入ってくる。
 川のせせらぎ、山鳥の鳴き声、蝉の音、風の音。
 柔らかな緑の香りやお日様の匂い、そして心地良い風が すう と体を流れていく。



「…なあ、利。」
「ん?」
「釣れないな。」
「そうだなあ。…慶次、」
「ん?何?」
「眠いだろ。」
「…うん。」
 腹が満たされ、心が満たされた人間が次に覚えるのはひとつしかない。睡魔である。
「少し寝るか?」
「いや。釣りしないと…利と、まつねーちゃんに、美味い魚、食わせ るんだ…」
 声がくぐもり、言葉の区切りが怪しくなってきた慶次。ちらりと甥の顔を見ると、瞼が重そうにまばたきを繰り返している。

「竿は某が持っててやるから、少しだけ眠れ。な?」
 優しい叔父の声が頭に入る。昔から好きな声だ。その声を聞くと心が落ち着いた、いつも。今も。
「・・うん」

 ほとんど閉じかけた瞳で慶次は竿を利家の方へ差し出す。利家が竿を受け取ると、慶次は利家の太腿に頭を落とし、すやすやと寝息をかきだした。
 利家は慶次の竿に重しを乗せ、固定させる。
「・・・」
 気持ち良さそうに眠る甥の顔をいとおしそうに眺め、空いた手でその頭を撫でた。

「慶次も大きくなったなあ。昔はあんなに小さかったのに。」
 小さな声で話しかける。
「腕っぷしも強くなったよなあ。今じゃ某も追い越されそうだ。」
 顔にかかっている前髪をそっと上げる。
「たまにな、お前を遠く感じるんだ。どこかに行ったまま、そのまま戻ってこないような・・」
 手の甲で優しく頬をなぞる。
「・・・それで、ひどく寂しくなるんだ、慶次。」
 手を離し、空を仰ぐ。吸い込まれそうな青色だ。
「いつまでも一緒にいたいが、お前にはお前の生き方があるだろうしなぁ…何処に行って、何をしてもいいが・・たまには顔を見せに来てくれよ。」

 くかー くかー 

 それに応えたのかどうかわからない寝息が漏れる。
 それを聞くと利家はにっこり笑い、川に垂らした釣り糸に視線を向けた。







「うわあああーーー!!」

 けたたましい甥の叫び声で利家は目を覚ました。・・・いつの間にか眠っていたらしい。
「どーした?慶次。」
「どーした、じゃないよ!利ぃ!いつから眠ってたんだ?」
「?」
「俺の釣り竿、どこだよ?」
「それならこっちに・・・あれ?」
 重しを乗せていた竿が消えていた。側には石ころが転がっている。
「それに、自分の竿はどうしたんだよっ」
「・・・あ、あれ?」
 ふと気づくと、握っていたはずの釣竿が無い。
「魚が持っていったのかな?」
「どうするよ、釣竿無くしたらまつ姉ちゃんに怒られる!!しかも魚一匹も釣れてないし・・・」
 ふと周りをみると、太陽が沈みかけていた。上空はうっすらと紺色に染まり、太陽は山間から真っ赤な光を放っている。


「キレイな夕陽だなあ、慶次。」
「夕陽どころじゃないよ。絶対まつ姉ちゃん説教するぜ。ああー!!あの長い説教はイヤだーー!!」
 慌てふためく慶次と、それとは反対に落ち着きはらった利家。

「まつの説教はいつでも聞ける。でも、今日の夕陽は今日しか見られないぞ。」
「!! ・・・・・・ そう、だな。」
 幾分落ち着きを取り戻すと、慶次は利家の隣に腰掛けた。
「・・・キレイだなー。山も川も茜色だ。」
「うん・・・キレイだなあ。」
 しばらく黙って刻々と沈み行く夕陽を眺めていた。

「帰ろうか、利。」
「そうだな、暗くなってしまう前に帰ろう。まつが心配する。」
 そうして2人は家路につく。

「ああ、でも、説教・・・」
 この後に待っているであろう事を思い、頭をかかえる慶次。
「某も一緒に謝るから、覚悟を決めろ、慶次。」
「・・・わかったよ…」




 その夜、とっぷりと日が暮れた頃に戻った2人は、帰宅が遅いと叱られ、釣竿を無くした事を叱られ、正座をしながらこんこんと続くまつの説教を夜が更けるまで聞いていたとさ。  


                                                                 おわり♪



あとがき
 ・・・ん?慶利のはずが、利慶っぽくなってしまいました…いや、これは慶利慶、です!!…と言い張ってみる。
 利も慶次の事が好きなんだよー(身内として)、という事が書きたかったんです。

 気分は叔父と言うよりパパですね。
 成長していく慶次を頼もしく思う反面、自分に甘えたり頼ってばかりいた小さい頃とはもう違う。それが嬉しいけれどもどこか寂しい。だから、子供の様な言い訳と所作をした慶次を見て、ほっとしたわけですwゲーム中はそんな素振りがマッタクありませんでしたが。 ・・・湖で食事中ってww 何てのんびりしてるんだ!前田家はバサラのオアシスですね♪
 まあ、身内以上に叔父さんが大好きなのがウチの慶次ですw  

                                                            060903